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第百八十六話 師匠、家族①

厳かな空間、時折壁を叩く様な音が響くが目に見える範囲に他に人気はなく人工的な明かりも灯されていない、広さはそれなりにあるのだが頭上高くにある大きな窓が降り注ぐ月光を集めているかのように辺りは明るく視界ははっきりしている。

舞い上がる埃が光に照らされ輝く、そんな様ですらどこか幻想的に見えるのもこの場所故だろう。

文明に切り離され人々に忘れられ遥か過去の遺跡のような趣のあるこの場所はかつて教会と呼ばれ神に祈りを捧げていた場所。

クラリスのいた魔界にはいくつかこの手の建物が点在している、そしてクラリス自身も祈りを捧げた経験があるのですぐ分かった。向こうもこちらも作りに対して違いはない。

そんな場所で一対一で襲撃者と対峙している。


「こんな場所に連れて来てどうするつもりです? まさかこの場で神に懺悔して悔い改めろとでも言うつもりですか?」


街で襲撃され目を覚ませばこんな場所。手足は拘束され腕にはよく分からない腕輪、体を巡る魔力が腕の方に向かっているのを考えるとおそらく魔力を奪うものだと判断出来る。

つまり、抵抗する術は封じられているという事だ。


「生かしてここまで連れて来たという事は何か目的があるのでしょう? 大方、私を騎士共に引き渡して身の安全を願い出るとかでしょうけど残念ながら無駄ですよ。私にそんな価値はないし彼らは魔族という存在を許さない。交渉にすらならないでしょうから自分の身を案ずるなら私に恨みをぶつけてそれで終わりにすべきです」


クラリスは死ぬ覚悟はできてると凛とした態度を崩さない。

ただ、簡単に死んであげる程潔くは無い。

この男はリアを傷付けた、その件に対して一矢でも報いてやろうと体内の魔力の流れを操作して奪われる量を最小限にとどめそれなりの魔法を一発ぶち込んでやれるくらいには残している。


「お前にぶつけて終わりにしろ、だと?」


「ええ、この事態を引き起こした私を恨んでいるのでしょう? そこに関して言い訳するつもりはありません、全責任は私にあります、殺されたって文句は言えません。ただ殺すのが嫌なら拷問でも何でもして満足すればいい、しかし何をされて謝罪をするつもりはありませんが」


口ではそう言っているが頭の中では必死に逃げる算段を立てている。

ミナとの出会いがクラリスに罪の意識を植えつけ人間は一律に悪だという認識を揺るがされた、だが心の奥底ではまだ自分の行為に正当性を見出そうともしている。

親友の死に様が彼女を人間側に寄り添う事を許さない。

二つは相克を繰り返し決着は付いていない、未だ迷いの最中、だからこんな場所で易々と命を差し出して良いだなんて思えない。

敢えて挑発するような言葉を放って無警戒に近づいて来たところで渾身の一撃を加える、それが現状を打破する方法。

しかしその男には意味を為さなかった。

ビュンと空を切る音を立ててクラリスの顔のすぐ横を石片が通り過ぎて行く。男の手から放たれたそれは黙れという言葉の代用品。それが幾つも男の周りには転がっている。


「お前の謝罪も命も俺にとっては何の価値もない、そんなものそこらの石ころと同じだ。蹴飛ばしても砕いても何の意味もない。消したところでお前が傾かせた奴らが全員元通りになるわけでもない」


「殺すでも痛めつけるでもないなら何故私をこのような場所に? 言ってる事と行動が矛盾してませんか」


無関係の少女を傷付けてまで価値の無いものを拐う理由が分からない。


「俺が欲しいのはお前の言葉や命なんかじゃない、お前の願いだ」


「願い?」


「大昔、世界には上も下もなく誰もが同じ大地の上に生きていた。光への憧れもなく力の違いによる恐れもない平等な世界、そんなものが大昔にはあったらしい」


それは屋敷の読み漁った本の中に書いていたのでクラリスも知っている。

ボロボロな随分古い書物にそんな事が書いていた。

最古の世界にあったのは太陽と無数の動植物とヒトと呼ばれる存在、それが人間か魔族かは明記されていない、或いは二つまとめてそう呼んでいたのかも知れないが。そして最後の一種が竜種。

過去の世界においてヒトと竜が世界の覇者として共存していた。

今も昔も世界では当然のようにあちこちで争いが起こりヒトと竜、ヒトとヒト、そして竜と竜が衝突を繰り返していたある時、争いが争いを生む負の連鎖に陥りそれはやがて手のつけられないほど激化、もはや終わりが見えなくなり始めた頃、破滅が訪れた。

破滅は暴風に巻かれ顕現し触れた大地を腐らせ炎を撒き散らし、ありとあらゆる生物を蹂躙。そう時間は掛からずヒトも竜も動植物もその殆どが死に残り僅かを残すのみ。後は絶滅を待つだけとなったそんな時、神による救いがあった。

神の大いなる御手に導かれヒトが辿り着いたのは新世界、破滅を生き残った者達はそこで二度と同じ悲劇を繰り返さぬ様に争いをしない事を条件に新たな生活を送ることを許された。

その際、与えられたのが神との対話権。

もし有事有れば敬虔な祈りを捧げよ、さすれば聞き届けられん。

干ばつで困る村があれば願いを受けて雨を降らし痩せた土地を肥沃な土地に変え流行病を取り去る。一方で恩恵を受けたヒトは神の慈愛に感謝を告げ言いつけを守る事を誓う、そうやって世界を回し平和を維持して来た。


「それから何世代も経て文明の発展と共に神という存在に対しての価値観も変わっていった。以前は神頼みしていた事も技術の発展でどうにか出来るようになっちまったからな。そんで今じゃ魔族の多くもその存在を無視してるくせにいざという時だけは救って欲しいと泣きつくだけの都合の良い存在に成り下がった」


だがそれでも人間と比べると神に対する扱いは良い方だ。

人間は神を邪なる存在と位置付けている。一昔前まではそんなものを信仰している人間は迫害されるか変人扱いされていたが人間はすぐ忘れる生き物、今ではよっぽど頭の固い年寄り以外は攻撃する事も忘れて無関心へと至った。


「だがお前らヴラカスの一族は違う。今でも神への信仰を持ち続けている」


「ええ、私達は神に救われた存在だと、なので神への感謝を絶やさないよう先祖代々言い伝えられて来ましたから」


「お前らは世界が崩壊に瀕した際に神に掬い上げられた者の末裔なんじゃないか? ならお前にだって神との対話権があるんじゃないか?」


「‥‥‥‥」


「馬鹿げた話だと思うよな。でも俺はここに残された文献に目を通して見つけた、何故人間が神を邪と定めたのかという理由を」


「そんなの降りかかる自然災害に理由が欲しかったからでは?」


神を排斥する事で克服出来るものと思いたかったから。しかし、クラリスの答えを男は「違う」と否定。


「数百年くらい昔の話、神の声を聞いたとかいう奴が現れた、そしてそいつが超常的な力を用いて大きな事件を起こしたらしい、それも大勢の人間を死に至らしめるほどのな。因みにその事件を起こしたのは神の敬虔な信徒。それがきっかけだ」


男の暗く淀んだ目がクラリスを射抜く。


「俺はそいつが掬い上げられた者の末裔でつまり対話権ってのは世代を超えて受け継がれていくものじゃないかと考えた」


「だから私にもその対話権とやらがあると?」


「ああ」


クラリスは男の望みを理解した。願いが欲しいとはつまり神への願いの権利が欲しいという事。

この男には叶えたい望みがある。力が欲しいとか失ったものを取り戻したいとか、恐らくそう言った類の願望。


「だから今すぐここで祈れ、そして神に伝えるんだ。“全部を元に戻せと”」


クラリスの起こした全てを無かったことにしろ、それが男の願い。

そうすればそのせいで失われた命も元通りになると男は言った。


やり直し、それはクラリスにとっても願っている事。だがクラリスは動こうとはしない。


「祈るつもりはないってか? だったら力尽くでも言うことを聞かせるが」


クラリスは力無く首を横に振る。


「無駄ですよ、そんな事をしたって」


「‥‥何だと?」


「だって私はもう既にその権利を使ってしまっていますから。一回だけの奇跡、それを私は復讐のために使った」


男は大きく目を見開かせ、それから呆然とうなだれる。最後の希望が絶たれた、言葉はなくとも見て取れた。




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