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第百八十五話 回想⑪

そう決断してからは自分でも驚くほどあっさり人を殺せた。

二人目はオルキアを連れて行こうとしていた兵士の背中を貫き流れ出る血の生温かさをその手で味わった。


「大丈夫か?オルキア」


「私は平気、それよりあなたよ」


「俺は平気だ」


傷は酷いし手は仲間の血で染まってしまったがそれでもまだ動けるし殺せる。

オルキアに側を離れるなと指示して彼女の家に向かう。

キオリナだってこの状況に怯えているはず、救わないといけない。

辿り着いた家の中は荒れている、すでに兵士が入り込んでいる証拠。二階から「やめて」というキオリナの声が響いて駆け上るとそこでキオリナに乱暴しようとする友の姿を見つけた。

すぐさま引き剥がし剣を向ける。


「何やってんだよお前?」


「お、俺は命令に従っただけだ! その女が反抗するからちょっと怖がらせてやろうと思っただけで‥‥」


はだけたキオリナの服装に鎧を外した友の姿、何をしようとしたかは明白だ。

怒りが込み上げてくる、それが向こうにも伝わったのか怯えた表情で言い訳を始めた。


「俺は悪くない! そもそもこいつら魔族が先に始めた事だ、やり返して何が悪い! お前だって一緒に見ただろ、弄ばれる人間の姿を」


「ああ見たさ」


「その時どう思った? 許せないって思っただろ?」


「殺してやりたいとも思ったさ」


「だったら分かってくれるよな? これはその時の復讐━━━」


「分かるかよ、あんな光景見ておいてそれを免罪符として利用して同じ事する奴の気持ちなんか分かんねぇよ!」


そのまま心臓に剣を突き刺した。

共にあの死地を生き抜いて最後がこれ。

見えてたものは同じでも見ていたものが違っていたのかもしれない。

片や被害者側の苦しみを目に焼き付けもう一方は加害者側の凶行を睨み付けていた。

遂には友人も手にかけた、だが嘆いている時間もない。

怯えているキオリナを半ば無理やり立ち上がらせて手を引きオルキアと共に家を出る、そして近場にいた兵士も殺して森への逃げ道を確保。


「二人で逃げろ、俺は他のみんなを救いに行く」


捕らえられたエルフたちは拘束された後ある程度の数をまとめて転移によって何処かへ連れて行かれているがまだ全員じゃない、今ならまだ間に合う。


「でもあなた一人でどうにか出来る事じゃ‥‥」


確かに兵士は大勢残っている。手負いの今、あれを全て相手にして勝つのは難しい。

だが勝つ必要はない、時間さえ稼げれば。


「大丈夫だ。俺の師匠が、ムスケルがすぐそこまで来てる。あいつなら聖騎士なんてぶっ飛ばしてすぐにここまでやって来るだろうからそれまでの辛抱だ」


単機で突っ込んできた魔族はムスケルで間違い無い。

だから到着まで転移を阻止すれば良いだけの話。とはいえ数が数だけに簡単な話ではないがそれだけは必ずやり遂げる、命に替えても。


「オルキア、キオリナの事を頼む」


乱暴されかけた記憶が残っているのか今もまだ身体を小刻みに震わしている。そこには自分勝手で悪戯っ子でそれでも憎めない笑顔を見せるキオリナの姿は無かった。


「分かった、それじゃあ私からも一つだけ良い?」


「なんだ?」


「前にした約束、ちゃんと守って」


「ああ‥‥守るよ」


「自分の命は自分の為に使って。これはあなたの所為じゃないんだから命に替えてでもなんて思わなくていいの。全部背負おうなんて身勝手許さない、だから絶対に死なないで」


さすが育ての親なだけある、全部お見通しだ。


「俺みたいな臆病者にそんな真似できるかよ。やれるだけやって危なくなったら逃げるから安心するな」


ヴァイスは臆病者だ。

死にたくないから危険が伴う魔族との戦いを避けて生き残って来た。

自分が死んでしまえば命を懸けて助けてくれた両親の行動が、そして死にかけの命を拾ってくれたオルキア達の優しさも全部が無駄になる。

ありとあらゆるものを無に帰す死というものが怖くて怖くて堪らないから平和を望んだ。

だがこれはどう言われようと自分の責任である事は覆らない。命を投げ捨ててでもやれる事を最後までしないと自分で自分が許せない、きっと罪の重さに押し潰されて崩壊してしまう。

逃げるという選択肢は無かった。


「‥‥‥そう。じゃあまた後で。絶対、絶対に戻って来て」


オルキアには嘘だと分かったはずだ。それでも止めなかったのはヴァイスの事を良く知っているから。頑固なヴァイスは何を言っても聞いてくれない、だから信じて待つ事に決めた。



二人を見送ってすぐ兵士達の真っ只中へと向かって行く。

転移の準備を始める兵士共を止めようと遮るものを斬り殺して突き進む。

だがやはり数に押し潰された。

殺しても殺しても人の壁が行く手を遮る、もたもたしている間に結局捕まったエルフ達は消えてしまう。

そうして最後、目的も果たせず一人取り残されたヴァイスの気力はそこで尽き、周囲を取り囲む兵士達に武器を奪われ拘束されて憂さ晴らしにと死なない程度に痛めつけられた。

このまま連れて行かれて処刑、それがヴァイスに待ち受ける運命。変えられるとすればここに向かっているムスケルだけ。

彼がジェスターを倒せるかどうかに掛かっていた。

森の奥から足音が聞こえる。

ここで誰が最初に現れるかでヴァイスの生死が決定する。

見えたのは白、清浄さを表現した聖騎士のイメージカラーとも言える白が基調の装備を見に纏うジェスターとイシュ。

まさかムスケルが負けたのかとヴァイスの心が完全な絶望に染め上げられようとしたところでおかしな様子に気がついた。


「くそっ、なんだあいつ、魔族のくせに!」


そんな言葉を吐くジェスターからはいつもの余裕が感じられない。

それによく見れば服も汚れが目立つ。


「ジェスター様!」


何事かと駆け寄って来た騎士にジェスターは焦った口調で命令を出す。


「敵だ! 残っている奴全員であいつを殺せ!」


指差した先、森の中から現れたのは頭に角を有し、爪は鋭く、そして灼眼から放たれる視線は刺すように鋭い。それが魔族としてのムスケルの姿だった。

その姿のムスケルは本当に容赦が無い。

尖った爪は鎧ごと身体を切り裂く一方でムスケルに対する剣や魔法は彼に傷一つ負わせられない。

大勢いた騎士達はみるみるうちにその数を減らしそこには死体の山が築き上げられた。

そんな中、ジェスターは必死で足元に転移の術式を刻み逃げる準備を進める。

しかしいつも一方的に嬲り殺すしかしてこず一種の遊びのようであったはずの行いで初めて自身を殺しうる相手に遭遇してすっかり恐れをなしたジェスターは減っていく仲間の速度に焦り手が震えているのかやたら手間取って結局最後は諦めイシュと共にさらに奥へと逃げて行った。


「ヴァイス無事か!?」


「ああ」


「みんなはどうした! オルキアは!?」


「みんな捕まるか殺されるかしちまった、けどオルキアとキオリナだけは逃げさせられた。森の中だ、早く行ってやってくれ!」


俺の事はいい、とにかく一刻も早くあの二人のもとへと向かって欲しいと頼むと応急処置だけ施しムスケルは森の中へ。


正直このまま死んでしまいたいと思っていた。

たった数時間、でもあまりに多くを失い過ぎた。

里が荒れ果て、エルフが大勢犠牲になり友と仲間を殺した。

その全ての事象の頭に“自分のせいで”という言葉が付く現実が重くのしかかってくる。


「救いたかっただけなんだ‥‥」


誰に聞かせるでも無い言い訳は空しく空に消えていく。

人もエルフも共に死んでいる、共存とは対極の光景がそこにある。

地獄とも思えるその場所は大勢を死に追いやった自分には相応しく思えたから剣を握りしめた。

絶望が臆病な心に打ち勝った。死によって失うものより得るものの方が大きくなってしまった。

オルキアには悪いけど最初から死ぬつもりだった。

後の事は全部ムスケルに任せ自分は逃走。

覚悟を決めたその時、慌てた様子で向かって来る小さな姿が見えた。

それは水の妖精ラグ、ヴァイスが唯一視認できる妖精。


「どうした?」


「オルキアがっ!」


第一声を聞いて嫌な予感が頭を支配する。


「オルキアが連れて行かれた!」


当たって欲しくない予感は見事的中。

その後、ムスケルと合流してどんなに付近を探しても二人の姿は見つからなかった。




それからの記憶は曖昧だ。

夢も希望も目的も持てない抜け殻となってただ無気力に流れていく時間を眺め続ける日々。

オルキア達を見つけ出そうと躍起になって街や村を回るムスケルの後を無気力に追いかけた。

そんなヴァイスが積極的になれるのは自傷行為。

それは贖罪の為。自分の所為でみんなが犠牲になった現実をその身で贖っている‥‥‥‥‥いや違う、これは自分の為にやっている。自分を傷つける事で罪の意識を軽減する、その為だけの卑しい行いだ。

いっそ死んでしまいたいのにいざ致命傷を与えるとなれば恐怖が勝つ、自分では出来ないからムスケルに頼んでも殺してくれなくて、だから出来る範囲を行なっている。

小さな傷を幾重にも重ねていつかそれが命に到達する事を願って。


そんなある日、いつものように捜索に出ていたムスケルが言う。


「オルキアを見つけた」


でもその時のムスケルの声には喜びなんてものが一切感じ取れない、ただただ暗く重い響きだった。

無事なのかと聞けば無事だと一目で嘘だと分かる表情で返して来るほどに状況は良く無いのだとそしてその時を境にムスケルの様子が少しずつおかしくなっていったのにもヴァイスは気付いた。

辿り着いたのは監獄。

ムスケルは得意の幻術を駆使して中に潜り込みやがて掌握、監獄を我がものとしヴァイスを連れて来て自傷のための武器を奪い、腕に魔力を奪う装置を付け檻に入れた。

オルキアにも合わせてもらえず日々は過ぎて行きそして今に至る。





「生きているのは嘘じゃない、でもその姿を俺に見せたら今度こそ本当に自殺しかねないと思ったんだろうな。だからあいつは俺を閉じ込めた」


ほんと過保護だよな、とヴァイスは笑って見せる。そして、それが本当のあいつなんだよと小さく呟く。


「嘘だろ‥‥」


俺から漏れた驚きはヴァイスのこれまでの過酷さを聞かされてのものよりも先にその話の中に知った名前が出て来た事によるもの。


「ムスケル先生が‥‥」


俺を鍛え教え導いてくれた恩人、あの人が魔族であった事も驚きだがそれ以上にあんな善の塊みたいなあの人がこの場で人を使った実験をしている現実が受け止めきれない。


「何だお前あいつの事を知ってるのか?」


コクリと頷いて返す。


「そうか‥‥だったら一つ忠告だ。あいつはもう以前とは違う。何処ぞの聖騎士様よろしく人間を敵として捉えて一切の容赦が無い。かつて共に在ろうとした存在を実験道具に使える程度には狂っちまってる。殺されたくなきゃ迂闊に近づかない事だ」


俺より近くにいたヴァイスがここまで言うのだからきっとその通りなのだろう。

まさかという思いは未だ完全に拭えないでいるが出来れば出会わないでいたい。

あの人と殺し合いなんてしたくない。殺されるのも殺すのもどちらもごめんだ。


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