第百八十ニ話 回想⑧
作戦の後、ヴァイスは魔族を庇うという裏切り行為の責任を問われている。
「君は敵である魔族の前に立ち命を救う様に進言した、間違い無いかな?」
「‥‥はい」
「その若さで上級騎士まで上り詰めた優秀な君が何故そんな真似をしたのかな? その行いがどういう結果をもたらすかくらい想像出来ない君じゃ無いだろう?」
「はい、でも見過ごせませんでした」
「君はかねてより魔族に対して甘い部分があった様に思うのだがそれは私の思い違いだろうか?」
「それは‥‥‥」
言い淀む。
言葉通りヴァイスは魔族に非情になり切れていなかった。そしてその理由が自分は魔族に育てられたから何て言ったらどうなるか? 多分事態は悪化するだけ。
どう答えようかと言葉を探していた時だ、彼は心でも読んだかの様に告げる。
「こうなる以前は魔族と親しくする者もいた、だから情を感じる者がいても何らおかしなことでは無い。それを責めるほど私は融通が効かない人間では無いよ」
まさかそんな言葉が今一番積極的に魔族狩りを推し進めている人物から出て驚きが隠せない。
「意外かな?」
「いえ‥‥その‥‥はい」
「私だって望んでこんな事をしているわけじゃ無い。魔族だろうと同じ命、本来であれば軽んじられて良いはずがない、この世に生ある全てに生きる権利がある」
この人は魔族にだって命があって簡単に殺して良い存在じゃないと分かっている。
だったら何故、あそこまで徹底しているのだろうか?
「だが同時にこの世の全てが命を奪う権利も有している。我々が愛らしいと思う小動物だって虫からしてみれば恐ろしい化け物だ、そんな虫が集まりその小動物を食い殺す事を人は残酷だと見るがおかしいと思わないか、彼らは天敵を倒しただけだ。我々が行っているのは虫のそれと同じ、相手がどうであれ魔族であるという時点で私達にとっては化け物なんだから生き残る為には殺すしかない」
「だからって子供まで殺すというのはやり過ぎなのでは‥‥‥」
「この騒動を起こし大勢の人間と魔族を死に追いやった魔族の姫だって年端もいかない少女の姿をしているが君はそんな相手も子供だからと守るべきだと思うかい?」
「それはまた違います! 自分が言っているには何もしていない子供の事です。何も悪い事をしていないのに殺されるなんて間違っているんじゃないかと自分は思うんです」
「今は悪意がなくとも同胞が殺されたと知ればそんなもの簡単に芽生える、一度植え付けられた復讐心というのは根深くそしてよく育つ、枯らせるなんて事は不可能に近く結果咲き誇った悪意の花は子供だろうと人殺しへと誘導する。今さっき君に伝えた姫も行動のきっかけは復讐だと語っていた。ヴァイス、人が殺されてから動くのでは手遅れなんだ」
反論の言葉を出そうとして、けどそれは喉の奥で潰された。
恨みというものがどれほど影響を与えるのかは友の変化で良く知っている、たとえ今は無垢な子供でも、いや無垢だからこそ死というものが与える影響は大きいのかも知れない。
今見逃せば将来的に人を殺す可能性が高い、だから今のうちに処理をする、それがアルセリアのやり方。その考えが完全に間違っているとヴァイス自身はっきりとは言えなかった。
「とは言えこの様なやり方に何も感じないほど私も非情にはなれないんだ。出来る事なら人と魔族が殺し殺される事のない世が理想ではあるが残念ながら現状我々は魔族を信用出来ない」
そこでアルセリアはヴァイスの目を見てこう言った。
「だから君に頼みたい。人と魔族の架け橋になってはくれないだろうか?」
「自分がですか!?」
「君は魔族に好意的だ。しかしそのせいで一部の人間の中では裏切りだという声も上がっていたが」
「まさかそんなっ、違います!」
「分かっている、今日話してみて君の人となりは十分理解出来たつもりだ。君は人であれ魔族であれ情が深い人間なんだろう。ただ、そんな疑惑が上がった以上何もしないわけにもいかなかった、それで少し君に監視をつけさせてもらった」
一体いつから!? そんな事、全く気付かなかった。
「その報告によると君はとある森の中に向かったらしいがそこで監視の人間が君を見失ってしまったらしい。その人物曰く、目の前から突然姿を消したという話だ。すぐに辺りを捜索したが人の通った痕跡すら見つからなかったとか」
ムスケルの幻術だ。あれは認識を歪める、領域内に入ってしまえば見えるのはただただ鬱蒼と生茂る草木だけでおまけに無意識に領域の外へと誘導する様に出来ている。おそらくその人物はヴァイスの後をつけているうちに幻術に掛かったのだろう。
「それがただの失態か又は何か他の要因によるものかでは私は後者だと思っている。何故ならその周辺はエルフが住うという噂が上がっている場所だ、何かおかしな仕掛けが施されていたんだろう。そしてその仕掛けの中に入っていける君はエルフと面識がありだからこそ人じゃない存在にも情が湧いてしまうんじゃないかと思ってね、違うかい?」
「それは‥‥‥」
答えに迷う。
オルキア達の存在は隠しておきたい、本人達もそれを望んでいる。でも‥‥
「人間というのは見慣れぬもの、自分達とは違うものを排斥しようとする生き物だ。人と魔族の現在もそう言った性質から作られたもの。そこをいきなり変える事は不可能かもしれないが少しずつ改善する事は出来ると思うんだ。エルフは人では無いがしかし魔族でもない。憎み合うほどの遺恨も無い。魔族と手を取り合えと言っても無理かもしれないがエルフ達なら可能だろう。まずそこからだ。そこから始めて人間じゃないから恐ろしいなんて考えを取り除く、それに彼らに人と魔族の間に入ってもらうのも良いかもしれない、とにかくそうすればゆくゆくは魔族とだって関係を改善できるのではないかと私は思う」
真摯に語られるアルセリアの言葉はヴァイスの理想そのものだった。
「人も魔族もエルフも、みんなが幸福に生きられる世界を作りたくないかい?」
王が不在の今、人間の中で最も力を持っているのはアルセリアだ。そんな彼が宥和を口にしている。
「君がエルフとの仲を取り持ってくれるなら私はすぐにでも魔族打倒の命令を取り消そう。魔族全ての打倒などよりも現実的で将来的に発展し合える最上の選択肢が生まれるのだからそちらに賭けたい。血で血を洗う世の中の構造はもう終わりにしたいんだ」
ずっとこれを夢見ていた。その為に騎士となった。
存在を認め合う世界、そのスタートラインにようやくつける。
これでオルキアもムスケルも人目を気にすることなくありのままの姿で生きていける。
これまで助けてもらった恩返しが出来る。
「仲を取り持つと言っても自分は何をすれば?」
「君には私達をエルフの住う場所までの案内を頼みたい」
「‥‥それは難しいです、エルフはみんながみんな人をよく思ってるわけじゃない。突然知らない人間を連れて行ったら怖がらせてしまいます」
「なるほど、いきなり里に人を入れるのは抵抗があるという事か。ならば外で会う事は叶わないだろうか?こちらの代表と向こうの代表とで別の場所で話し合いの席を設けたい」
「それなら大丈夫かと」
「ならば善は急げだ。今から早速向かってもらえるかな」
「分かりました」
急な話ではあったが今この瞬間も死にゆく者がいる、それを思えば急いで当然だと思った。
一分一秒でも平和へと急ぎたい、そんな焦りから足早に部屋を後にしようとするヴァイスをアルセリアが止めた。
「服に埃が付いている、せっかくこれから大事な話をしに行くというのにそれでは締まらない。急いでくれるのは有り難いが君は言わば人の代表だ、しっかりした身なりで人に対して悪印象がない様に頼むよ」
そう言ってアルセリアは何百といる騎士の一人に過ぎないヴァイスの服の乱れを正す。そして最後、軽く背中を押して「よろしく頼む」と優しげに笑みを浮かべる。
それが彼の本質なんだと思った。
今の魔族への行いは望んだものではなく仕方なく人と魔族を天秤にかけたが故の行い、彼自身は死というものを忌避している、そんな風に見えてしまった。
きっと聞きたい言葉、心地の良い言葉を次々と頭に放り込まれて甘さで脳が麻痺してしまっていたのだろう。
夢という餌を目の前に吊るされて犬の様に夢中で飛び付いた。
そこに毒が仕込まれてるなんて思いもせず。