第百八十一話 回想⑦
元英雄城襲撃作戦、そこで見たのは一方的な蹂躙だった。
ただただ逃げ惑う魔族、そしてあろう事か人間までもを巻き込んだ殺戮。
「なんだこれは‥‥」
作戦に参加していたヴァイスはその場で立ち尽くし呆然と死が積み重なっていくのを眺めていた。
見覚えのある光景だなと思った。
戦う意志すらないものを必要に追い回し嬉々として痛め付け殺す。それはいつしかヴァイスが救わなかった村が辿った結末、魔族の集団に襲われているのに居合わせながらも勝ち目がなかったから静観した。
あの時どれほど自分の無力を呪い、そして無辜の村人に対する魔族の非道さに心が焼け付いたかヴァイスはしっかり覚えている。それは当然あの時一緒にいた隊の仲間も感じていたはず。
それなのに何故、お前らはそっち側に回ってしまえる?
あの光景をともに見た仲間が今は無力な魔族や人間を嬉々として殺している。
隊の仲間、それも反乱軍を指揮する間ずっと支えてくれた相棒が魔族の母親とその腕に抱かれ怯えている子供を斬り殺そうとする。
「やめろっ!」
咄嗟に止めてしまう。
「何で止める? こいつら魔族だぞ!」
「だからって武器も持たずただ自分の子を守ろうとするだけの相手を殺す事に何とも思わないのかお前は!? 俺達は嫌というほどこんな光景を見てきただろ! あの時聞いた悲鳴や救いを求める声をお前はもう忘れたのか?」
「覚えてるよ。覚えてるから今こうやってあの時救えなかった人達の無念を晴らしてやってんだろうがっ!」
怒りと、そしてどこか救いを求める様な叫び。そして気付いた、こいつらは忘れたのではなく頭に焼き付いてしまっているんだ。
痛みを痛みで返す、たとえ目の前にいるのがその痛みを刻み付けた魔族とは無関係であってもそれは魔族につけられたもの、ならば魔族に返すのは当然、魔族を個としてでは無く一つの悪の集合体として見ているが故の結論。
「あの時の下劣な魔族の真似事なんかして死んでいった人達の無念なんか晴れるかよ。それっぽい理由つけるんじゃ無くてただ憂さ晴らしがしたいって言えよ」
怒りだけがいつまでも残留して、強い立場に立てた今それを発散している様にしか見えない。
「あなたは何言ってるんですか?」
ヴァイス達の言い争いに割って入ってきた声、戦火の中にいるとは思えない落ち着き払っていて冷たく暗い声。
そこにいたのはイシュ、そしてもう一人。
「ヴァイス、君は魔族の味方をするのか?」
ジェスター、彼が疑いの目を向ける。
「違います、味方するとかそういんじゃありません! ただ、ここまでする必要は無いんじゃないかと思っているだけです」
必死で言葉を紡ぐ。仲間は怒りで冷静さを書いているがジェスターは違う、性格も穏やかな部類だし彼なら話せば理解してもらえるかもしれない。聖騎士である彼の理解を得られれば他の従う。
「我々は魔族に多くのものを奪われた、それはもう覆しようの無い事実です。しかし暴力に暴力で返す様なやり方は間違ってます。暴力には力で対処すべきです。こんな見境の無いやり方では無く力を振るうべき相手をちゃんと見極めて理性的に行わなければ人と魔族の争いが終わった後、今度は人と人が殺し合う」
血で血を洗うやり方は楽だし気も晴れる、だがそれは真の平和を作るものでは無く一時的、魔族の行いを憎んだ人間がいた様に今度は人間の行いを憎む魔族が同じ事を繰り返しひたすら連鎖するだけ。
それはヴァイスの望む世の在り方ではない、だからほんの少しでも修正したかった。
「そうか」
ジェスターはそう呟いて右手を前に。
「でもやっぱり魔族は殺さないとね」
球状に纏められた炎、それは真っ直ぐヴァイスの横を通り抜け守ろうとした命を燃やし尽くした。
恐ろしかったのはその時のジェスターの表情だ。
敵意も無い母子を殺したというのにそれが当然のことの様に、良いことをしたかの様に笑みを浮かべた。
遊び感覚で命を弄んでいる、そんな風に見えてしまった。