第百七十八話 回想④
それから数年という月日があっという間に過ぎ去った。
あの日、ムスケルに出会って厄介になると決めたヴァイスが連れてこられたのはエレボスという町にある鍛錬場とかいうなんとも暑苦しい場所。
そこで師匠と弟子として共に暮らした。
ムスケルは町の人間とも随分と馴染んでおりなんの違和感もなくまるで本当の人間の様だった。
「あんた本当に魔族かよ」
初めて会った時、魔族であることと本当の姿を見せてくれたがその姿とは似つかわしくない人らしさにふと疑問に思う。
「何を今更な事を言ってるんだ?」
ムスケルは見た目こそ完全に脳筋なのだが意外や意外、姿や魔力、そういったものを偽装する魔法も長けている。その力によってエルフの里は隠されオルキアは時々、人里に降りて物を売ったり買ったり出来ている。
魔族であるムスケルがそんな事をする理由はなんなのか?
その問いに返ってきた答えは単純、“愛”だそうだ。
偶然、深い森の中まで鍛錬に向かっていたムスケルがオルキアを見かけて一瞬で一目惚れしたとか。
「いや、俺の中では魔族はもっとこう‥‥誇り高いというか厳格というか冷徹なイメージがあったからさそれとあんたが違いすぎてな」
「人と同じさ。そういう奴もいれば俺みたいな奴もいる」
「あんたみたいに人間と一緒暮らしている奴もいれば嫌ってる奴もいる?」
「まあそこは否定しない。裏で生きる魔族は今もずっと自分達は奪われた側だと認識してるだろうからな。だからお前も不用意に近づくんじゃなく見極める事から始めろよ、俺みたいに紳士的で外からも内からも良い男感が滲み出ているかどうか」
「自分で言うなっての」
悪態をつくが言葉とは裏腹にヴァイスはムスケルに感謝している。
幼かった自分を引き取りここまで育ててくれた、特訓を施し強くしてくれた、人に対して臆病な自分を変えてくれた。
感謝してもしきれない恩がある。
「とにかく、気を付けろよ」
「ああ、分かってるよ」
ヴァイスはムスケルの元を離れる事に決めた。
いつまでも頼りっぱなしは嫌だし何より目的がある。
「俺が騎士として頂点まで登り詰めたらここを宣伝してやるよ。そうすりゃ閑古鳥が鳴くこの鍛錬所も大盛況、貧乏生活ともおさらばだ」
ヴァイスは王都で騎士となることが決まった。
そう決めた理由はさっき本人が言っていたようにこの寂しい鍛錬所の立て直し、というのはあくまで表向きの理由、実際のところはもっと大きな目的がある。
あまりに夢見がちで気恥ずかしさのある目的、だが、多種族に救われたヴァイスだからこそ本気で叶えたいと願う夢。
人も魔族もエルフもそれ以外も皆んなが同じ様に生きれる世界、それが願い。
ただの商人の子供でしかないヴァイスに王城へのコネも無い、だから実力で騎士から始めゆくゆくは近衛まで登り詰める。そうすれば王族と出会う機会がある、まずは声を届かせられる場所まで行く。
現状、人と表の魔族とでは表立った対立はない。だが、ムスケルが言うには裏、魔界と呼ばれる場所の魔族は過激な思想を抱える者が多くいるらしい。そことの問題の解決なしで人から魔族への恐怖を完全に拭い去るのは難しい。
平和を作るなんて大それた願いだと理解している、個人が願ったところでどうにかなる問題でも無いと分かっているがそこで諦められるなら夢とは呼ばないただの願望だ。
誰かがいつか、を願うのではなく自分でその日を掴み取る、それこそが夢だ。
「そう気を張らなくてもいい。あんまり盛況になっちまったらオルキアに会いに行く時間がなくなっちまうだろうが」
「色ボケしてんじゃねぇ、ちゃんと働け。ただでさえ一人手を焼いてる奴がいるのにそれが二人に増えたらあの人も面倒見切れないだろ」
「キオリナはキオリナでやる事があるんだよ」
「何を?」
「それは分からんが、いつも部屋にこもってぶつぶつと呟いて偶に爆発を起こしたり異様な臭いを充満させたりとしてるじゃないか」
「それで出来上がる薬を飲まされる俺の身にもなれよ。元気になれる薬を飲めば三日三晩ずっと目が冴えて眠れず、魔力を回復する薬を飲めば逆に魔力が抜けてと他にも色々散々な目に遭わされたんだぞ」
「そんな目に遭ってもお前は行く度に実験に付き合うと‥‥‥もしかしてお前キオリナの事が━━━」
「馬鹿言うな、あれはあいつの為じゃなくオルキアさんの為だ。あいつ客観的な情報が欲しいとかで自分では試さないしあんたは丈夫過ぎていまいち効果が出ないとかで残る候補は俺かオルキアさんだけ、あんなもんあの人に飲ませられないだろ、だから俺が付き合ってやってるんだよ」
「おいちょっと待て。お前まさかオルキアの事が好きだから良いとこ見せようとそんな真似をしてるんじゃねぇよなぁ」
弟子を見る目から突如として恋敵を見る目に。
「違う、俺にとってあの人は姉というか母親というかみたいな人だ。そんな邪な考えあるわけねぇだろ」
「そうか、ならば許す」と元の顔に。
オルキアの事が絡むとこの男は本当に面倒くさいとつくづくヴァイスは実感した。
「彼女が母親なら俺は父親だな」
本当に面倒くさい。