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第百七十五話 回想①

深い森の中にいた。

全身泥まみれ、手足には擦り傷がたくさんで目は虚ろ、踏み出す一歩は弱々しく一見してすぐに限界が迫っていると分かる有様。

まだ少年だった頃のヴァイスの命はあと少しで燃え尽きようとしていた。

きっかけはただの不運、商人だった両親の馬車が賊に襲われた。

道を外れたわけでは無い、護衛もちゃんと付けて道中の危険に対して対策もちゃんとしていた、賊の被害の噂もない道を使った、なのにその日は偶々違っていたのだ。

その時初めて人が死ぬ瞬間を見た。護衛として雇われた人の鼓膜を裂く様な悲鳴と血飛沫。その時初めて人が人を殺す瞬間を見た。賊の怖気の走る醜悪な笑顔と笑い声。

澄み渡った青空の下だというのに嵐の只中に取り残された心地。

怖くて震えるヴァイスを両親は無理やり立たせ逃げろと言った。

だがそんな状況にあって子は親から離れるなんて出来ない、しがみつく手は力を増す。しかし、ばちんと頬を打たれ『早く行け』と見たことのない表情で怒鳴られその手を離して泣いて走り出してしまった。

後ろでは両親の悲鳴が聞こえて、でも引き返したら怒られると思ってただただ走った。


いつの間にか夜になった。

喉はカラカラ、足は血が滲んでいるそれでもひたすら歩く。

木々のざわめきに怯え、獣の鳴き声に泣きそうになるのを堪えてそれでもひたすら歩いた。

そうやって言われた通りに進んでたどり着いたのは結局何の代わり映えもしない森の中。

何もかも無意味だった、そんな事を思ってしまう。

これならいっそ最後まで一緒にいたかった。あの時、手を話した事を後悔して静まり返った森の中で孤独に涙を流す。もう体も心も限界を迎えている、このまま死んでしまいたいと願い始めていた頃。


「誰かいるの?」


女性の声がした。

それがキオリナとの出会いでありこの日あったもう一つの最低最悪の不幸。





目覚めたのは柔らかなベットの上。

何故自分がそんな場所にいるのかよく分からなかった。

覚えているのは森の中で人の声が聞こえたところまで、そこから先は気を失ってしまったのだろう。


「良かった、目が覚めたんだ」


穏やかな声、その声がした方向に目を向けヴァイスは目を見開き驚きを露わにする。


「‥‥人?」


そんな疑問を口にしてしまったのはそこにいたのが人であり人ではなかったから。

話す言葉は理解できるし全般的に体の構造は同じ、けど一箇所だけ人とは違っていた。

自然とそこに目がいってしまう。

女性はその目線に気づいた様で「ああこれ」と手で触れる。


「見慣れないでしょ、私達は人目を避けて暮らしてるから」


そう言って微笑む女性の指先にあるのは長く尖った耳。それ以外はどう見たって人なのにそこだけが違う。


「‥‥魔族?」


恐る恐る口にする。

ヴァイスの住んでいた周辺に魔族はいない、関わったことが無いから魔族に対する印象は聞いた話で形成されているのだがヴァイスは魔族についてあまり良い話を聞いていない。

人間とさして変わらないという話も聞くこともあったが多くを占めていたのは暴力的だとかいった負の要素。

この女性が魔族であるのなら今すぐにでも逃げ出さなければ自分は殺されて食べられてしまうのではと恐れた。


「魔族だったらどうする?」


にやりと笑みを浮かべ鋭い目つきでヴァイスを見た。その行動でヴァイスは目の前の女が魔族で自分を殺そうとしているんだと確信しすぐさまベットから飛び降り逃げ出そうと試みる。

しかし子供でおまけに痛みが残る足では大人を相手にして為す術はない、あっさり腕を掴まれて逃走は阻止される。


「こらっ何してるの!?」


「離せっ、俺を食おうとしてるんだろ!」


「食べるって、何で私があなたみたいな子を美味しく頂かないといけないの? この状況どう考えたって『助けてくれてありがとうございます』って感謝するところだし」


「ふざけんなっ、どうせ生きたまま食うつもりだったんだろ! 魔族は人を食うんだ」


子供にとって未知の存在が行うのは人を食べる事。お化けであれ空想の怪物であれ出会ったらまず食べられると考える。

ヴァイスもそんな普通の子供、魔族という初めて見る存在に出くわした自分は食べられるんだと思った。


「私のどこを見たらそんな発想に行き着くの! こんな小さな口して愛らしい容姿の私を見てどうやったらあなたの肉を貪ってる姿なんて想像出来るの訳わかんないし!」


「ちょっとふざけただけなのに、まったく」と呆れた様に首を振る。


「私の名前はキオリナ、魔族じゃなくてエルフ。まぁあなた達人間にとってはどちらも同じなのかもしれないけど‥‥それで、君は?」


「‥‥‥」


答えない。エルフだとかいう訳の分からない単語を出されてますます警戒は強まった。 

そもそもこの女が人間であったとしても信用なんかしてはいけない。自分は人間の手によって絶望の底に叩き落とされたのだから。

あの時の惨劇の記憶が頭の中で再生された。


「おーい、名前、教えてくれない?」


優しそうに微笑む女の顔にあの醜悪な笑顔が重なって気付けば力一杯手を振り払って女を突き飛ばしていた。

誰も信用出来ない、殺される、恐怖だけが心を満たす。悲鳴が頭の中で鳴り響く。

それら全てから逃れたくてあの時の様に走った。

けど今度の逃走は上手くいかない。突如頭の上から水が大量に落ちてきてヴァイスの体を地面にへばりつけた。

頭上に光が見える、くるくる回って忙しない光。


「ちょっとやり過ぎちゃった、ごめんごめん。でも君がいきなり逃げるのがいけないんだし、そんなボロボロの状態で森に入ったら間違いなく死んじゃうんだから私はそれを止めただけ、悪くないし」


どうやら自分は女の魔法を食らったのだと理解した。


「やっぱり‥‥人、殺し‥‥」


ヴァイスの意識は再び暗転。


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