第百七十四話 探索part⑥
「あいつらは死にたいんだ。だけどもうまともに知性も残ってないせいで自殺という手段にも至れない、だから他に助けを求める。誰彼構わずすがりよって来て捕まえた唯一の希望にどうにか言葉を伝えようとして口に近づけるが勢い余って喰っちまう。何もしなければそのうち餓死でもするだろうに皮肉な事にあいつらは死のうとすればするほど死から遠ざかる。化け物に変えられ意志を奪われ生き続けるよりもどんな形であれ死を迎えたい、それが人間だったあいつらの最後の望みだろうよ」
あれが人間!? 確かに人らしい姿形ではあったが普通の人間が一体何をしたらああなると‥‥‥!
「まさか、あれが実験の結果なのか?」
ヴァイスは変えられたという言葉を使った、だからそう判断したが正直その予想は外れていて欲しいというのが本音だった、しかしそんな望みはあっさり打ち砕かれる。
ヴァイスは縦に頭を振った。
「と言ってもあれを生み出すのが目的じゃ無い、あれはあくまで実験の過程で出来てしまった副産物だ」
魔族や人による実験、個人の身体も精神も全てを犯した挙句に眠らせる事すら奪い化け物として放置するなんてあまりに非道すぎる。
「今もまだ続いているのか?」
俺はてっきり過去の事だと思い込んでいた。現状を踏まえれば力でも数でも優ってる人間はもう魔族の弱点など知る必要が無い、だから実験なんてものはとっくの昔に終わっているんだと。しかしヴァイスは頷いて肯定するがすぐに「だが」と付け足す。
「今こんな事をやってるのはまた別だ。お前だっていい加減気付いてるだろ? ここはおかしいって」
おかしいと言われてもそもそも普通の状態を俺は知らない、こんな場所とは無縁だったのでな。だが一つ思い当たるとすれば静かすぎるって事くらい。
「ここはとっくに魔族に乗っ取られてる。魔族がここで一番偉い人間に化けてるんだ」
「人間に化けるって、そんなの可能なのかよ!?」
魔法でなら可能なのかもしれないが出来ると言ってもその場凌ぎにしかならないのではないだろうか? 化ける相手を捕らえるでもして入れ替わったとしてもここで居座るのなら必ずどこかでボロが出るはず。話し方とか仕草とか完璧に本人になりきるのは至難の技だ。
「暗示や結界によって人を惑わす。ここで働いている奴もここに入ってくる奴も見るものを歪められ思考を阻害され疑念を持たなくさせられる。とはいえそいつらがおかしくなる程の強いものじゃない、自然と気にしない程度の誘導、日常生活に異常が出ない程度の暗示。そうやって日常の中に巧みに異常を溶け込ませている」
適度に人を残し適度に人払いをして日常を回しその裏では実験を行う。
人間をむやみやたらに殺すのではなくカモフラージュとして使用する、ここに入り込んだ魔族は相当狡猾な様だ。
「憎いか? その魔族が」
嫌悪がそのまま顔に出ていたのだろう、そんな事をヴァイスが聞いてくる。
「憎いとまではいかないが人を化け物に変えるなんてどうかしてるとは思う」
「でもな、そのどうかしてることを最初に始めたのは人間だぞ。ここでは初め人間が魔族を実験体にしていた、そいつはそれが許せなくて奪い取って今度は自分が始めた。咎められるとすれば先に始めた方だ、違うか?」
とすればこの監獄で行われていることは復讐というわけか。
復讐、近頃そればっかりだ。リアにせよ姫様にせよ誰かを殺したいほど憎んでいる。
俺のいた世界ではそれはどちらかといえば悪い事とされる行い。個人的には認められてもいいんじゃないかとも思うが世間一般的にはやれば悪人とされる。命というのはたとえ命を奪った悪人のものだとしても尊い物とされるからだ。
しかし、この世界においては違う。
多くの人間は魔族を命ある者として見ていないし魔族もまた然り。ただでさえ魔獣やら盗賊なんかがいてそこらかしこで殺し殺されるのを目撃するのが常になっているのにそれでは殺しへのハードルも極限まで下がっているに決まっている。
そんな中にあって復讐という理由が付けばきっと躊躇わない人がほとんどだろう。
だからみんな怨みを殺しで解消しようとする。
「その通りだと思う。酷いことをされたらやり返したいと思うのは当然だ」
元いた世界での常識なんてここでは関係無い、そもそも俺もリアの復讐に手を貸しているのに他にどうこう言える立場にはいない。
ただ、今のこの世界の状況は復讐が繋がりあって出来たものだと思うと複雑ではあるが。
残酷ではあるが復讐を無理やりにでも止める何かがあればここまでにはならなかったのかも知れない。
「だよな。やられたからやり返してるだけ、何も間違っちゃいない。周りが口を出すことじゃ無いんだ」
「いや、はっきり言ってこのやり方は間違ってると思う、出来るなら止めるべきだとも思う」
「何が間違ってる? 人間がやってたのと同じ方法でやってるんだぞ」
「それが間違いだ。その人間はおそらく魔族全体を敵としていた、弱点を探って大勢の魔族を殺す事を目的としていたんだ。それと同じ事をしているのなら多分その魔族の目的は復讐の域を出てる、関わった相手だけで終わらせず人間全部を標的にするならそれはもう復讐ではなく殺戮、自称聖騎士がやってるのと同じ」
「違うっ! あいつの目的は人間を殺す事じゃなく魔族を救う事だ。魔族を生き返らせる方法を探してるんだ」
「お前、どうしてそこまで詳しい? “あいつ”ってまるでその魔族の事を知ってるみたいな口ぶりだけど」
指摘するとヴァイスは一瞬迷った素振りを見せそれから意を決したのか口を開く。
ヴァイスとその魔族の関係、そしてここに至るまでの話を。