第百七十三話 探索part⑤
地面を蹴って勢い良く撤退、すると向こうも獲物を逃すまいと行動を開始。こちらの全力疾走と奴の速度は比べると僅かにこちらが優っている。逃げ道は二つ、来た道を戻るかヴァイスの様に二階へ向かうか、そして俺は二階に向かう階段を駆け登る。
普通に考えれば構造を知らない場所に行くなんて愚策ではあるのだが来た道を戻れば気絶させた看守がいる、俺がこいつを引き連れて行ってもし彼らが食われる様な事があればまずいと判断した結果だ。
二階に到達し手当たり次第扉に手をかける、とにかく隠れられる場所が必要。俺は知っている、あの手の化け物は頭の方はお留守、ロッカーやらクローゼットやらベットの下に隠れればたちまち見失うのだ。
必死に危機回避ポイントを探しちょうどそれっぽいクローゼットがあったので開いて隠れられそうか確認。
ガタガタガタガタガタガタ。
どうにか入れそうなので飛び込みバタンと扉を閉めて息を潜める。
ガチャリと部屋の扉が開かれる音が聞こえドシドシという足音が響き渡ると共に緊張感も最大限まで高まる。
ドシ、ドシ、ドシ、ガタガタガタ、ドシ、ドシ、ドシ、ガチャリ。
奴は俺を見つける事なく出て行った。
いやぁ〜焦った焦った、だが上手くやり過ごせた様だな。
狭っ苦しい場所から出て体を伸ばしただでさえ狭いクローゼットをさらに窮屈にしていた原因に目をやる。
「もう居なくなったぞ、出て来ないのかよ?」
そこに居たのはヴァイス、こんな乱暴な奴でもさっきの巨人はさすがに怖かったのか微かに体を震わせている。
「おや、怖いのかな?」
相手の弱味を見つけ嫌みったらしく言ってやった。
こいつには散々ムカつく事をされて来たんだこれくらいの仕返し当たり前。
真っ赤な顔して否定するヴァイスをこれでもかと馬鹿にしてやろうと画策していたのだがそいつの答えは拍子抜けするほど素直なものだった。
「当たり前だろ、怖いに決まってる。こんな場所であんなのに喰われるなんてそんな無意味な死は御免だ」
これは予想外。
こいつにも怖いものはあるらしい。ただ、無意味な死というのは間違いだ。
こいつがここで死んでもちゃんと意味はある、もちろん俺がここで消されたとしても無意味な消失では無い。
俺もこいつもいつ殺されたって文句は言えない、誰かを殺している俺たちの死に無意味なんて事ありえない、その身に背負った業によって何処かで喜ぶ者が存在しているはず。
俺たちに死に方を選ぶ権利など無い、たとえどんなに無様な死に様になろうと受け入れなきゃいけない。
ルナに消されかけた時、その自覚がなかったから命乞いなんてしてしまったが‥‥‥いや、自覚があったとしても同じだったか。道理がどうあれ消えるのは怖いものだ。ヴァイスが人殺しであれそう思うのは仕方のない事。
「そうかい、だったらお前はここで震えてな。俺は行く」
死ぬのが怖いのなら留まり続ければいい、それも一つの選択だろう。
ただ、こういう時は大抵動かなかった方がえらい目に合うがな。
「あばよ、たけし!」
「誰だよたけしって!?」
そうして一人探索に出た俺は再び奴に遭遇、ひたすらに逃げても一向にこちらを見失わないそいつをどうにかしてやり過ごそうと必死だった俺は偶然、本当に偶然ヴァイスが隠れる部屋まで戻って来てしまった。別に擦りつけようなんてこれっぽっちも考えていません、なのでクローゼットにいるであろうヴァイスに一応警告。
「おい、声を出すなよ。敵がそこまで来てる」
ガタッと文句があるのか怯えてかで震えるクローゼットを確認し俺はベットの下に滑り込む。
ドシドシドシ、ドシ‥‥‥‥ドシドシ、ガチャリ。
どうやら今回も事なきを得た。
「おいテメェ何考えてやがる!!」
クローゼットに潜む者が勢い良く飛び出して来た。
「仕方ないだろ、こっちも追われて必死だったんだから」
「だからって俺のいる場所に来るんじゃねぇよ! お前みたいな雑魚の巻き添えなんて御免なんだよ!」
「雑魚はどっちだ雑魚はっ! いつまでもこんな場所に引きこもってるくせに」
「うるせぇ、いつもの俺ならお前みたいなヘタレと違ってあんなの相手に逃げ回ったりするか。厄介な事に今は魔力も空、武器も無いせいでまともに戦えねぇからここで待機して魔力が回復するのを待ってるんだよ」
そこでヴァイスは呆れた様に首を振る。
「それに比べてお前ときたら‥‥武器も持ってるくせに無様に逃げ回るばかり、やかましい口と敵から逃げ回る足だけしか使いもんにならないのか? ごちゃごちゃ言う前にあいつらどうにかしろやクソ雑魚が」
「回復を待ってる? 嘘つけ、どうせどうやっても勝ち目がないと悟って怖くて外に出られないだけだろうが。あーやだやだ、弱そうな奴の前ではイキリ散らして強そうな奴の前では小鹿の様にガタガタ震えるしか出来ないなんてみっともない。それにな生憎だが俺はあいつらを殺す気は無い」
「何言ってんだテメェ? あんな化け物共をそのままにしておくってか?」
「俺はあれが化け物とは思えないからな。あれは巨人という種であって化け物じゃ無い、俺が闘技場で戦った奴は僅かではあったが言葉も話してた。多分本能的に人を襲うだけの生き物じゃ無いと思うんだ。そもそも襲って来たのは俺らが奴らの領域に勝手に足を踏み入れたからだろう、忍び込んできた犯罪者に対しての自己防衛みたいなものかもしれない」
「殺すのは可哀想ってか」
可哀想というよりは気が引ける。この場で善悪を語るなら犯罪者で脱獄している俺たちの方が悪だろう、だから奴らの抵抗は何も間違いじゃない。
向こうがこちらを殺すのとこちらが向こうを殺すのでは意味が違う。
しかしこいつはどうやら考え方が違うらしい。こちらの持論をくつくつと喉を鳴らして笑ってくれる。
それから人を馬鹿にする様に散々嘲笑ってヴァイスは打って変わって真剣な表情に変わる。
「逆だよ、あれは生かしておく方が悲惨だ。何故ならあいつらが襲ってくるのは防衛の為じゃなく寧ろ破滅を求めての行為だからな」
ヴァイスの言葉が何を言いたいのか分からない。
破滅を求めて襲ってくるって、それじゃあまるで‥‥‥。