第百六十八話 一方その頃⑯
「本当は他の誰の力も借りたくない、私のこの手で姫様を救いちやほやされたい、だが今の私の力では確実に救えるか分からない。もし万が一のことがあれば立ち直れん、姫様がいない世界など考える事すら恐ろしい、だからどうか手を貸してくれ。もちろんタダでとは言わん、全てが上手くいった暁には私の財の全てをくれてやる、それでどうだ!」
自身の財を全て投げ打ってでも主人を助けようとするその姿勢にリアは感銘を受けその手を取る。
「何を言う、我らは仲間じゃろ? 危機に直面すれば共に立ち向かう、そんな当たり前のことをするのにお主が頭を下げる必要は無い、ましてや財など求めはせん。わしが欲しいのはクラリスとお主が共に笑うことの出来る明日じゃよ」
「リア・・お前・・」
共に救い出そう、と熱く瞳で訴え合う。
「何やら良い話風にしてますがそもそもそのお方に財などないでしょう、無いものを対価として差し出すなどただの詐欺、誇れるものではないと思うのですけど」
「確かに魔界に戻れぬ今の現状で私が持ち得るものなど何もないと思うのは道理、実際殆どは向こうに置いてある。だがもしいつか魔界に戻れる日が来れば必ず渡すと誓う、信じて欲しい」
「分かったでしょうリア、この方には何も無い。今差し出す物など何も持っていないのにそれを伝えずあたかもあるかの様に嘘をついて貴方の心に情で訴えかけた。何でもかんでも信用するのは悪い癖ですよ」
「待てっ! 私は何も持っていないとは言っていないぞ」
「ほぅ・・」
「殆どは向こうにあるが多少は今も持っている」
女騎士は懐に手を突っ込んで探る、取り出されたのは大事そうに幾重にも布で巻かれた手の平一杯くらいの大きさの何か。
あのがさつな女騎士が丁重に扱うところを見るによっぽど貴重な物であるのは容易に想像出来る。
「これが私の宝、頭金としてまずこれを支払う」
受け取ったフレイヤが布を開いて中を確認、そして驚愕し目を剥く。
「これは・・・これは・・・嫌がらせですか?」
「何を言う、れっきとした財宝だろう! どれも姫様の一部、それは黄金にも勝る価値がある」
中にあったのは髪の毛、爪、歯といった身体の一部。ゴミ以下の生理的嫌悪感を及ぼすであろう物体。
フレイヤは失念していた女騎士が変態である事を、変態の宝とは得てして常軌を逸している。
「要りません」と呪物を突き返す。
すると隣で見ていたリアが笑い声を上げた。
「紛うことなき宝ではないか」
「どこがです」
「宝が何かは個々で違う、わしが仲間を宝と思うならキアラにとってはクラリスが宝、つまりその一部であるそれらは間違いなく宝であろう。それほどの物を差し出すと言ったその覚悟、わしは誇れるものと思うがの」
「では行くか」とリアが女騎士を促し旅支度を。
「既にお姫様は死んでるかもしれないのにわざわざ危険を冒すのですか?」
「死んでおらん」
「何を根拠に━━━━」
「わしの読んだ物語の中で勇者とやらは大概あるかどうか分からない宝を探して旅をする。その道中、お主の様な輩に無駄だと止められようとも己を信じて突き進み結局見つける。つまりそういうことじゃ」
「どういう事ですか?」
「話を聞き入れない馬鹿者は何でも可能にする力を持つ、要するに最強ということじゃよ!」
「・・・」
「ちょっと待て」
女騎士が神妙な顔で割り込む、さすがの女騎士でさえおかしいと気づいている。
フレイヤの考えではその手の話が伝えたい事はそうじゃない、あれは人の話を聞き入れつつも最後まで自分の信念を貫く強さを持った者が得られるものがあるという話で初めから耳を塞いでいる馬鹿者凄いというものでは・・。
「それってつまり私も最強ということか?」
女騎士はやはり女騎士だった。
「その通り。こういう場合賢そうな奴が言うことは大抵間違いじゃ! 真の勇者とは賢い奴に屈しない勇気を持った馬鹿者の事、絶望で顔を曇らせるよりただ希望を抱き前を見据えろ、さすれば我々はクラリスという宝をこの手にできる!」
「ああ!」
リアも女騎士も救えると信じて疑わない、どんな死地であろうとも向かうといった意気込み。
「待ちなさい」
燃え上がる空気に水がかけられるもリアと女騎士二人で団結した炎の勢いは落ちない。
「止めるな。お主にとっては無価値でもわしらにとってクラリスは宝以上の存在、命をかけることも厭わん」
言葉に偽りは無い。
仲間とか言うものの為に命を投げ打つと本気で言っている。
であればフレイヤにはもう止める術が無い。
命なんて物を一か八かの賭け事に使うなんて獣以下、それは本来他の何を投げ打ってでも守るべきもの。
自分の命と他者の命が直結してしまっている。
まともな知性を失った者に話は通じない、縛りを与えてもひたすらもがいてその身を傷付ける、そもそも繋がった命の切り離し方を間違えると重大な欠陥を残しかねない。
お姫様が死ぬとしても何も出来なかったという結果は危険。
「私も手伝いましょう。貴方達だけではあまりに不安、というか無理でしょうし」
「む、良いのか? 相性がどうのと言っておったが」
「援護くらいは出来ます。荒事は女騎士さんにお任せして私は後方支援、それと脱出装置としての役割は果たしましょう。目的はお姫様の救出、突入して接触しすぐに撤退する。それ以上は望まない、良いですね?」
「姫様を攫った奴を野放しになど━━━」
「良いですね?」
異論は許さない、そんな言葉を孕んだ眼差し。
「あ、ああ、分かったよ・・・」
ゼロが監獄に到着していないのなら関わり合いになる前に撤退する必要があるしもし既に到着しているのなら殺される前に撤退する必要がある、どちらにせよ相手には出来ない。
「姫様が死んでいた場合、あるいは既に死にかけの場合、それと救出は望めないと私が判断した場合も同じく即撤退です」
最悪の場合も想定しておくようにという事だろう。心構えのある無しはその後の行動に大きく影響する。これから先は物語とは違う、最悪の結末の可能性も十分あり得る。
リアと女騎士は頷き返す。
「では出発しましょう」
「ああ、わしら勇者一行、出来ない事はない!」
「私は一緒にされたくないのですけど‥‥」