第百六十六話 一方その頃⑭
空は塗られたような黒色に覆われている。
星も雲も存在しない、まるで何かで蓋をされているかのよう。
地上は火の海。
自然の物、造られた物、草木、動物、ありとあらゆる物を炎が包み込み命を消費し輝く糧と変えている。
見渡す限り何処までも地獄のような光景が拡がっている。
そんな中でポツリと一人取り残されている。
地に力なくへたり込み天を仰ぎ大きく見開いた目から大粒の涙を流しながらひたすらに謝罪を口に、吐き出される言葉と共に口元から流れる幾つもの線は炎に照らされより一層鮮明に紅く輝いていた。
♢
「━━━はっ!?」
悪夢からの覚醒、ぐっしょり濡れた服と額に張り付く髪が汗の量を物語っている。
あの一瞬、恐怖だけが心を満たしていた。
「良かった! 目を覚まされたのですね。さすが私、正義の道を行く者に不可能などありません!」
自画自賛する陽気な声と共に視界に知らない女性の顔が入り込んでくる。
心底嬉しそうにこちらの目覚めを喜んでいるみたいだがそれが誰なのか全く記憶にない、それどころか今の状況もよく分かっていない。
「・・・ここは何処じゃ? お主は誰じゃ? わしは何を?」
「おや、記憶が混乱していますか? それも無理はありません、身体中ひどい怪我で特に頭の方にはかなりの衝撃を受けていたみたいですし。焦らなくて良いんです、ゆっくり思い出しましょう、あなたの身に何があったのか」
女は幼子にするみたいに優しく一定のリズムで頭を撫でる。すると何故だか落ち着いてくる。
「じゃあまずは、あなたのお名前を教えて貰っても良いかな?」
「わしは、わしの名前はリア」
「じゃあリアちゃん、あなたのお家は何処ですか?」
「わしの家は何処じゃろう? ここからじゃとよく分からん」
「遠くから来たのかな?」
「うむ」
「まさか一人で来たんじゃないよね? お父さん、お母さんは?」
「父も母も死んだ、ここへは仲間・・と・・」
「どうかした?」
「仲間、そうじゃ仲間じゃっ!」
リアはこの場で起きた出来事を全て思い出した。
知らない男に突然襲われ、クラリスを助けようと戦ったが完膚なきまでに敗北した事を。
「うぐっ!!」
こうはしていられないと慌てて身体を起こそうとすると恐ろしい激痛が襲う。
脚が、腕が、頭が痛みを発し動くなと警告している。
気持ちだけでは無視できない強烈な痛みに屈したリアはそのまま寝ているしかできなかった。
「駄目ですよ安静にしてないと、本当にひどい怪我してたんですから。もし私が偶然ここを通っていなければきっと死んでましたよ」
「腕が変な方向に曲がって頭には深い裂傷があって血がどろどろ」と想像するのも恐ろしい有り様を語って聞かせてくれた。
しかし今現在は血も止まり腕も正常な位置にある。
「お主が助けてくれたのか?」
「ええ、その通りです! 大きな音を聞きつけ駆けつけてみれば子供が倒れている、正義に身を置く者として助けない訳にはいかないじゃないですか! 治癒魔法は不得意な方だったのですが無事効いた様で幸いです」
不得意というが腕は一応動くし頭の方を触ってみても傷痕らしきものはない、残る痛みさえ落ち着けばすぐにでも動き出せる程には回復している。
「助かった、本当に感謝する」
「当然の事をしたまで、礼は不要ですよ。それよりも何があったかお聞きしても?」
リアはここでの出来事を伝えた、すると彼女は悔しそうに地面を拳で叩く。
「同じ町にいながらそんな悪行を許してしまうなんてなんたる屈辱でしょう! 分かりました、この件は私にお任せをっ!」
「お任せをって、何をするつもりじゃ!?」
「決まってます、悪を断罪しお友達を救出するんです」
「何を馬鹿なことを、お主では無理じゃ!」
救出すると決意を漲らせているがどう見たって彼女があの男に敵うとは思えない。
「無理ではありません。私は案外強いのです」
そう言うと彼女は近くに落ちていた大きめの瓦礫を拾い上げる、そして「見ていて下さい」と拾い上げたそれを宙に投げ腰に携えた剣を鞘から抜いた。次の瞬間、ビュンと風が吹いたかと思えば彼女は既に剣を鞘に納めている、それから少し遅れて切り刻まれ瓦礫がパラパラと地面に落下した。
一瞬の早業、リアの目には彼女が引き抜いた剣の刀身すらも映っていない。
「な、え・・・」
あまりに驚き過ぎて言葉が出ない。
「これが私の奥義の一つ、名付けて超はやバラバラ斬りです!」
どや、と胸を張る。
確かに威張りたくなるのも納得の凄技だ。名前などもはや気にならない。
「何者じゃ、お主?」
「私はゼロ、正義の味方ゼロです!」
「・・・・は?」