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第百六十五話 一方その頃⑬

帰り道、寒さはより一層厳しい。

吹き荒ぶ風も肌に触れる雪もさらに強さを増している。

きっとあのままひとりでこれを浴びていたら心まで凍てついていただろう。


「ニヤニヤしてこっちを見ないで下さい、気持ち悪い」


すっかり厳しい口調に戻ってしまっているがそこに冷たさはなく温かさだけがある。


「ひとりではあんなに寒かったのにお主といるとなんともない、これはきっとわしとお主が親睦を深め合い生まれた絆のおかげ、友の力は偉大じゃな!」


「それはただの勘違いです、私の方は寒くて仕方ありませんから。凍死したくなければ馬鹿なこと言ってないでしゃんしゃん歩いて下さい!」


リアと違い友の力の恩恵を受けていないクラリスは体を縮こまらせて先を急ぐ。

人も歩いていないし大丈夫だろうと少しでも風の被害を免れようと顔を伏せて前へと進む、すると突然頭が何かにぶつかった。


「あっ! すいません」


人にぶつかってしまったんだと思いすぐに謝る。

そこに佇んでいたのは黒いローブを身に纏う誰か、フードもしっかり被っていて顔がはっきり見えない。これだけの寒さの中なら別段不自然では無いのだが少し様子がおかしい。

その人物はクラリスの謝罪に対して何の反応も示さない、それだけならまだしも佇んだまま動こうともしないから変に感じてしまった。

深く被ったフードの奥から覗く瞳はただクラリスをじっと見つめている。


とても嫌な感覚に襲われる。

何故ならクラリスには覚えがあった。

その瞳が表す感情が何なのかを。

暗く淀みながらも一点だけを真っ直ぐ見つめるそれが表すのは深い恨みの感情だ。


「逃げてっ!」


咄嗟にリアに伝えて自分もすぐに逃げようと身を翻すも遅かった。

伸びてきた手が激しい力でクラリスの腕を掴んで放さない。


「クラリス・アーデル・ヴラカスだな」


「━━━━っ!?」


その人物はクラリスの正式名称をはっきり口にした。

それを知るのは魔界に関わりがある者だけのはず、つまりこの相手は魔族なのだろうか?

しかしクラリスはその相手から魔族らしさを感じない、魔力が平凡すぎるのだ。

となると考えられるのは魔族の誰かから情報を得たという可能性、なら重要なのは教えて貰ったのかそれとも聞き出したのかだが確認している余裕はない。

敵か味方かよく分からない、ならば殺さぬ程度に無力化すれば良いだけ。

クラリスは姫という立場、身の回りに危険は付き纏う、だから当然最低限の護身術は身に付けている。

習った通りに身体を動かし掴む手を外そうと試みるが通じなかった。


「ぐっ!」


腕を握り潰さんとする程の力の前では無意味。


「やめんかっ!」


痛みに顔を歪めるクラリスを助けようとリアが向かう。

敵とクラリスの距離が近過ぎるため魔法は使えない、しかしリアには竜の力がある。全身を変化させることも出来れば一部だけも可能。完全な竜化と違って全身を鱗で覆う事が出来ない分守りに不安はあるが腕を変質させるだけでも殴れば地面にひび割れを入れるくらいの力が、足を変質させれば一息で距離を詰めることのできる瞬発力が。

その力を持って悪漢を殴り飛ばそうと飛びかかり目の前まで迫った時リアの耳に届いたのは「邪魔だ」という呟き。

そして次の瞬間にはまるで虫でも払うかのようにあっさりと逆にリアの方を殴り飛ばした。

飛ばされた先、そこでリアは鼻から血を垂らしながらも立ち上がり再びの特攻、その結果は同じ。


「リアだったか? 出来るなら同じ魔族は殺したくない、お前は黙って指示に従え」


「同じ? あなた魔族なのですか!?」


「ああそうさ。俺は、魔族だ、姫様」


「魔族なら何故クラリスを傷付ける! 其奴も魔族、ならわしらは味方じゃろう?」


「味方じゃねぇ」


「だから何故じゃ! こんな状況下で魔族同士がいがみ合う意味など━━━━━」


「成る程」


クラリスが全て悟ったように頷く。


「私を恨んでいるのは人間だけじゃない。あなたは表を選んだ魔族で私の行動がきっかけで何か酷い目にあって私を恨んでいるのでしょう?」


「ああ」


「ではあなたの狙いは私だけ、殺すなり何なりすれば良い、ですがあの子には手を出さないで下さい。あの子もあなたと同じ表の魔族、私と一緒だったのは成り行き上仕方なく、なので見逃してあげてください」


「あっちがが向かってくるってんならこっちも何もしないわけにはいかん。怪我させたくないならお前の口から何か言って大人しくさせろ」


従う他ない。

リアでは勝てない、挑んだところで余計な死体が一つ増えるだけ。


「リア、もうじっとしていなさい」


しかしクラリスの言葉では闘争心は削ぎ落とせない。以前、敵意剥き出しのまま向かう。

真正面からでは届かない、リアは跳躍し壁を蹴る。

敵の周りを囲むように壁から壁への高速移動を繰り返し、いつ、何処に攻撃が来るのか相手に絞らせないようにした。

クラリスでも目で追うのは難しい速度、余裕綽々だった敵もさすがにフードを脱いでこれに対応する。

知らない男の顔が上で跳ね回るリアの方に向いた。

絶好の機会だ。


「これでも食らいなさい!」


自分から意識が離れた瞬間を狙って雷を放つ。

本当なら一息で殺せる魔法の方が良かったのだろうが怨敵でさえ生かしたリアの前でそれは気が引けたから殺さぬ程度の中途半端な威力の雷にとどめたのだがどうやら効き目がなかったらしい。

再び注意を引いただけ、だがここまでは想定済み。

クラリスの方に視線を向けた男の顔にリアの拳が突き刺さった、瞬間上手くいったとリアもクラリスも喜びで頬を緩めたのだがそれはすぐに固まる。

男は健在、リアの重い一撃を受けても頭を少し傾けた程度だった。

倒れもせず痛がりもしない、鉄の塊みたいな頑丈さを誇る男は何事も無かったかのように頬に当てられたリアの細腕を掴む。


「成り行き上一緒にいる割には随分と仲良しだな」


そんな軽口と笑みを浮かべる余裕さえ有していた。

彼女は関係なかった、元々の狙いは自分で巻き込まれただけ。

それなのにこのままでは自分を助けようとしたリアが殺される。悪夢が繰り返される。


「待っ━━━」


吐き出しかけた言葉は最後まで紡ぐことは叶わない。

言い切る前に現実が、バキッと嫌な音が掻き消してしまった。

それはリアの腕の骨が折られた音だとすぐ分かる、だって変な方向に腕が曲がっている。

悲鳴、それから痛みに悶える声、そして最後を締め括るのはぐったりとしたリアの身体を人形の様に上に持ち上げてから振り下ろす事によって生まれる地面が砕ける音。

クラリスの目に映ったのは地面に激しく叩きつけられぴくりともしなくなった血だらけで横たわるリアの姿。


「出来れば生捕りにしたかったんだがな」


男は悔しそうに横たわる亡骸を見下ろした。


ああ、と嘆きが溢れた。それから乾いた笑いも。

やっぱり似ている、そんな事を一番に思った。

高所から身を投げた彼女とリア、どちらも同じ死に様。

こうも似通うところがあるとまるで自分がこの結末に誘っている様にも感じられ罪悪感で胸が痛んで現実から逃げるように意識が閉じた。



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