第百六十三話 一方その頃⑪
「それって・・・」
クラリスにはそれが誰を指しているのか分かった。
「ルナ、お主らも面識がある人間」
二度顔を合わせた、そのたった二回でどれほど魔族を憎んでいるのかよく分かった。
「あれをまだ仲間だと言うのですか? 彼女はきっとあなたも躊躇無く殺しますよ」
クラリスから見てもう関係は破綻していた、いや、そもそも向こうが仲間だと認識していたのかすら怪しい。
王城ではただ魔族に味方するという理由で仲間であったはずの人間を自らの手で殺そうとした。
次にあった時も同じ、話を聞く耳を持たず消しにかかる。
一時でも時間を共にした相手に対する情を一瞬で灰にしてしまえる、そんな熾烈な精神が出来上がるには並大抵の時間では足りないだろう。
おそらくずっと前、リア達と出会う以前にはすでに心に闇を飼っていたとしかクラリスには思えない。
そんな人物が少しでも魔族と一緒に行動していた理由は殺す為、それ以外は考えられない。
「良い加減現実を見て下さい! 私だって少しは見方も変わった、なので人間全てを敵として見ろとまでは言いません、でも基本敵として見るべきです。人と魔は綺麗事を言って誤魔化せる関係じゃない、私のせいでこちらを殺したいほど憎んでいる人間が大勢生まれた。そのルナって人もそうです、それなのに簡単に仲間だなんて言って・・・あなたにとって仲間って自分を殺そうとする様なよく知りもしない相手も含めた適当な存在の事を言うんですか!?」
思わず語気が強くなる。クラリスは気に食わなかったのだ、リアが使う仲間という言葉の軽さが。
その軽さは命取りになる、ちゃんと線引きすべきと分かって欲しかった。
「ああ、適当と言えば言葉が悪いがわしにとって仲間とは知己だけを指すものではない。これからもっと知り合いたい者に対しても使う」
「魔族に対してだけなら私だって文句はありません、でもそれを人間に対してもするのは間違いなんです、危険なことなんですよ!」
「よく知らんままでいる方が危険ではないか?」
「・・・何を?」
「今の世の人と魔族の間柄は把握しておる、お互い顔を合わせればまず初めに危険だ殺せと思うじゃろう。じゃがな、もし今のわしがさっき訪れた店で魔族だと名乗ればあの者達はまず初めにどうすると思う?」
「武器を手に取るのでは?」
「確かにそうする者もおるじゃろうがそれだけではないはずじゃ」
「分からんか?」と上から目線で聞いてくるリアに若干むっとしたクラリスがどうにかして答えを当ててやろうと頭を捻るもクラリスにはさっき答えた未来以外は思い付かない。
「分かりません」と観念し答えを待つ。
「答えは“迷う”じゃ。こんなわしみたいに可愛らしい子が危険なのだろうかとまず迷う」
ふふんと得意げな顔をしているがクラリスは納得出来ず反論。
「迷った挙句に結局武器を取るのでは?」
「そうなるかも知れんが重要なのは迷うというひと手間が加えられるということじゃ。もしこれをお主がやってもきっと多くはお主が言った通りまず初めに武器を取る、何故ならお主は関わっておらぬからじゃ。未知の者が魔族だったのなら初めの感情は恐怖だが知った者では多少違ってくる。ルナだってわしと接した時間があったからあの時、テントの中で無防備でいたわしを前にして迷いが生じ殺せなかったのじゃろう。知り合う、話し合う、それだけでも些細ではあるが変化を与えこれがいつしか平和への第一歩に変わるとわしは確信しておる」
何も考えていないとばかり思っていたリアからそんな言葉を聞いてクラリスはすっかり面食らってしまった。