第百六十二話 一方その頃⑩
「そろそろ帰りませんか?」
元気の無かったリアの手を無理やり引っ張り二人で暫く町の中を歩いて色んなものを見て回った後、疲れた顔でクラリスが言う。
「友とこんな風に遊ぶのも久しぶりでな、もう少し付き合ってくれ」
初めこそ塞ぎ込んでいたリアだがクラリスが元気付けてくれているのに気付くと徐々に元の明るさを取り戻していき立ち並ぶ店を訪ねては食べ物やら装飾品などを物欲しそうに眺めて楽しんでいる。
「何度も言うようですが私は別に友達になった覚えは無いのですけど」
「何度も言うようじゃがわしとお主はもう友達じゃよ、いい加減諦めろ」
本当に楽しそうに目を輝かせる。
とても眩しい、でもだからこそクラリスは目を背けてしまう。
「友達なんかじゃありません・・・私にそんなもの必要無い」
リアはどことなく似ていた。
誰に対しても優しいところ、笑顔がよく似合うところ、遠慮無く手を差し伸べてくるところ、暗闇を照らす一条の光のような在り方がそっくりだからひどく不快で正直初めは視界に入れるのさえ嫌な程。
生きる為に仕方なく行動を共にする事を選んだがそれが失敗、終始付き纏われだんだんと慣れてしまっている自分がいた。
「お主に必要なくともわしにはクラリスが必要じゃ」
そうやって恥ずかしい台詞をさらっと並べて拒絶を易々と突破してくる。
そこでもう一度突き放せば良いのにクラリスはそれが出来ないでいた。
呆れたようにため息を吐き「仕方ないですね」と応じる、何度こんな事を繰り返しているのだろう。
ダメだダメだと分かっていてもどうしたって変えられない、完全に拒絶する事など出来るはずがなかった。
その子がクラリスにとって初めての一番信頼し一番好きだった友と重なるのだから嫌いになれるはずがないのだ。
「はいはいそうですか、じゃあ本当にあと少しですからね」
不機嫌にそう言い放って自分を誤魔化す。
近くなりすぎてはいけない、あの痛みに二度耐えられる自信がクラリスには無かった。
♢
ようやく満足したリアと帰路についたのは夜遅く。
リアが何を見ても飛び付いて行って店の人間と楽しそうに会話するせいですっかり遅くなってしまった。
「いやぁ〜楽しかった楽しかった!」
満足そうにするその両手には沢山のお菓子が乗っている。それらはリアが持ち前の愛嬌で至る所から無償で手渡された物だ。
片やクラリスは何も持っていない。
無愛想にしていたから渡されなかったというわけでは無い、リアの近くにいた事で友達に間違われ同じ様に差し出されたが頑なに受け取らなかったのだ。
「ほれ」
突如クラリスの目の前に飴玉を乗せた手が現れた。
「何ですか?」
「やる」
「入りませんそんなもの」
「いいから食え!」
無理やり口に押し込まれた。
口の中で暴力的な甘さが広がる、こんなもの魔界では味わったこと無くクラリスは咄嗟に掌の上に吐き出した。
「何ですかこれ!?」
「知らんのか? それは飴じゃ、噛んで食べるんじゃ無く口の中で転がして甘味を楽しむ食い物じゃ。美味いぞ」
そう言ってリアも一つ口に放り込んだ。
未知の物を口に入れられ反射的に吐き出してしまったが確かに不味くはなかった。もう一度味わってみたいと思いもするがこれは人間に手渡された物だ。
「よく躊躇無く口にできますね、見ず知らずの人間から渡された様な物。毒が仕込まれてる可能性もあるかもしれませんよ?」
「皆良い奴じゃ、そんな事あり得ん」
「そんなの表面上でしょ。さっきの人間達が私達が魔族だと知ればきっと今頃別の、酷い贈り物を貰ってますよ」
石を投げられるか刃物を向けられるか、与えられるのは苦く辛い痛み。
「不必要に近づくのは控えた方が良い━━痛っ!」
ぺちっと小気味良い音と共にクラリスの額を軽い痛みが襲う。
それはリアがクラリスの額を中指で弾いた音。
「わしの事を心配して忠告してくれるのはとても嬉しい涙が出そうじゃ、だが、誰彼構わず悪者にするでない馬鹿者」
「事実を言っただけです。向こうだって魔族だからと全て悪者にするじゃないですか」
「お主はそっくりじゃな、わしの仲間に」
「仲間?」
「ああ、今は離れている魔族が大っ嫌いな仲間じゃ」