第百六十話 一方その頃⑧
女騎士とフレイヤがあれこれ話をしながらもクラリスの後を追い回し彼女が行き着いたのはリアの元。
女騎士とフレイヤは二人の話にこっそりと聞き耳を立てる。
途中聞こえてきたクラリスの一人になりたい発言に心を乱した女騎士が盛大に物音を立てるもフレイヤの本物と聞き分けのつかない猫の泣き声真似でどうにか危機を脱し盗聴を続けた結果、フレイヤは神妙な面持ちでその場を去る事となった。
貼り付けた笑みを崩すきっかけはリアの言葉。
自分を慕っていたかもしれない相手を傷付けてしまった事に罪悪感でも抱いたのかもしれない。
どうでもいい相手ならそんな事思いもしない、だからつまり・・・。
「お前、リアの事が好きなんだろ?」
女騎士が至った結論を口にする。
「何を馬鹿なことを」
「いいや私には分かる。お前の視線はしょっちゅうリアに向いてた」
「たったそれだけで好きになるのですか? はっきり申し上げますけど誤解です。確かにこの目は貴方達よりあの子に向いていた、ですがそれは警戒していたからに過ぎません。私はあの子に恨まれてますから何をされるかわかりませんもの」
「お前が警戒? 笑える冗談だ。お前周りを下にしか見てないだろ、誰が何をしようが子供のお遊び程度の感覚しか持たないような奴が何を警戒するんだよ?」
「子供でも刃物を持てば十分殺しは出来ますよ」
「それならどうして夜、私達と同じ部屋ですやすや寝てられる? 周りはただの刃物より危険な刃を潜ませた子供ばかりだってのにお前安眠してるよな?」
「それは皆さんを信じているからですよ、ここには寝首を掻くような卑怯者はいないと。だって罪悪感をいつまでも引きずるような真面目な子達ですもの、手を汚していない私をそんな卑劣な方法で殺したりは出来ない、ですので夜は安心して寝ていられるのです」
「抜かせ‥‥ったく、お前には何言ってもはぐらかされる気がする。もういい、別にどうでも良いしな、お前がリアにどんな感情を抱いていようが」
女騎士は見逃していない。フレイヤが去り際見せた表情を。
どんな凄惨な光景にも眉一つ動かさない外からの刺激を遮断してしまっている女が針を刺されたように顔を歪ませたあの一瞬を。
鉄の心に傷を付けられるものがあるとすればそれは特別な何か、それが恋かどうかは定かではないが好意があるのは間違いない。
好意を持った相手が傷付く姿が心に与える威力の強大さを女騎士は身をもって知っている。
「しつこいですね、あなた」
少し怒ったふうに返す、そんな珍しい姿を見せたフレイヤを女騎士はもう少しからかってやろうとした時、前を行くフレイヤが突然足を止めた。
「お久しぶりです」
澄んだ少女の声。
暗闇でも映える金色の髪を持ちこの寒さの中で丈の短い群青色のスカートに白のシャツという正気を疑う服装をしたかなり目立つ存在、だが今一番に注目すべきは少女の瞳。
一直線にフレイヤに向かうその瞳の中では炎がめらめらと燃え滾っているのが容易に見て取れた。
「おい、こいつお前の知り合いか?」
女騎士の問いかけにフレイヤは首を横に振り「さあ?人違いではありませんか」とさらっと言ってそのまま少女の横を通り抜けて行こうとするので少女は慌てて引き止める。
「えっ! ちょっと待って!? あなたフレイヤ様じゃ?」
「ですから人違いと申し上げた筈ですけど」
「う、嘘です! 何度もお会いして言葉も交わして、それなのに間違う筈ありません! 嘘つきは悪の始まり、正義を重んじる私からすれば許せない行いです、良い加減にしないと許しませんよ!」
「私の言葉が嘘だと疑うのですか? ただの一般市民である私を嘘付きの悪人呼ばわりする、それがあなたの正義なのですか・・・私、哀しいです・・ぐすん」
あからさまに嘘泣きなのだが少女はうろたえる。
「あっ、そんな泣かないで下さい! ごめんなさい私が悪かったです、決めつけてかかるなんて確かに間違いでした。この世にはよく似た人間がいる事だってある、きっと私の見間違いですね。よく見たらフレイヤ様よりも若く美しく見えますしあのお方はいつも陰湿な顔をしてますがあなたはそうじゃ無い、これは完全に別人ですね、失礼しました!」
「・・・・い、いえ、お気になさらず」
思わぬ口撃、フレイヤはなんとも言えない表情をしている。
今すぐにでも鎖で絡めとってやりたいのだろうがそれをすればバレる、なので何も手出しせず悶々として少女の隣を通り過ぎる。
そんなフレイヤの気も知らず少女は後ろで「すいませんでした」と笑顔で見送っていた。
「随分老け顔だったらしいな、いつも陰湿なフレイヤ様は」
「この場で縛り付けて数時間極寒の中に放置して差し上げましょうか?」