第十五話 マジなギャンブル
眩しい光があたりを照らし眠っていた生き物も活発に活動し始める頃、俺はぐったりと疲れ果てていた。
起きて間もなく全力疾走して、吹っ飛ばされて、頭を下げ続ける、そんな事をしていれば当然疲れるだろう。
やる事も無く地面に座っていると、目を覚ましたティオ、フレイヤがテントから出てきたので『おはよう』と軽く挨拶を交わし、コーヒーを入れて一服する。
馬車のおっさんはすでに起きて甲斐甲斐しく馬の世話をしている。
朝の事件もあって、ルナとは微妙にぎこちない。
青少年にあの光景は少々刺激が強すぎるのだ。
まじまじと見たわけではないので頭に焼き付いてはいない、しかしぼんやりとは浮かぶ程には頭に残ってしまっている、ルナの姿が目に入ってしまえば連鎖的に・・・。
ダメだっ! だめだ、だめだだめだ!!
いけない空想を頭を振って振り払う。
そんな俺の奇行に気づいたティオは少し心配そうに「どうかしたんですか?」と聞いてきたがそこはうまく言葉を濁して回避、話を逸らすためここに居ないリアの話を持ち出す。
「リアはまだ寝てるのか?」
「はい、昨日結構夜更かししちゃってたので」
ふふっとティオはリアの眠るテントの方を見て思い出し笑い。
「魔王の娘、言葉だけ聞くととっても怖そうな印象を受けますけど実際に触れ合うとそんな事はない普通の無邪気な女の子ですね」
「まあ我が儘っぷりは魔王の娘らしいけど」
ティオもそこは否定しきれないのか「あはは・・」と苦笑。
「でも良い子です。魔族って怖い印象しかありませんでしたけどリアちゃんみたいな子もいるんですね」
「ルナもそう思ってくれると良いんだけどな」
あの一瞬リアに向けていたあいつの冷たい眼差しが思い出される。
相手を生き物とすら見ていない目、おそらくあの言葉は冗談などでは無く本心からの言葉だった。
正直なんだかんだ言って根本は優しい奴なんだろうなと思っていただけにあれは驚いた。
とはいえあれ以来そういう様子は見せていない、多少のいざこざはあるが殺そうだなんて思ってはいないだろう。
今だっていつまでたっても起きてこないリアに対して痺れを切らしたルナが色々文句を言いながらも叩き起こす様はまるで母親のよう、このまま仲良くなってくれれば良いのだが。
「おはよう」
たたき起こされとても不服そうに目をこすりながらテントからのそのそと出てきたリアに挨拶。
「・・・うむ」
まだ眠いのかいつもの元気がない。
「良く眠れたか?」
「狭すぎて眠れんかったわ」
お城暮らしの魔王様にとって小さいテントでの就寝は不服だったらしい。ただ、一番早く寝て気持ち良さそうにいびきをかいていたらしいが。
「そうか、じゃあ片付けはこっちでやっておくから寝不足のリアは座ってゆっくりしてな」
リアが出て行ってようやく片付け出来るようになったテントへティオと向かい中にいるルナを手伝う事にする。
顔は合わせづらいがいつまでもというわけにはいかない、片付けを通して元通りになんて考えながら中に入るとそこには座り込むルナの姿が、そして突然入ってきた俺たちに驚いたのかその肩がびくっとはねて慌ててこちらを振り返る。
「片付け、さっさとやっちまおうぜ」
「・・・ええ、そうね」
やはりどこか態度がおかしい、多分朝の出来事をまだ引きずっているのだろう。
「その、俺はもう忘れたからさルナもいつも通りにしてくれたら、嬉しい、かな。俺達仲間だしぎこちないのは良くないと思うんだ、いざという時連携がうまく取れなかったりさ」
俺なりに気を使っての発言。
「あら、あなたが連携に加わる事なんてあるのかしら?」
この返しである。
「お前って奴は、人が関係の修復に心血を注いでるってのに平然とそんなこと言うのな!」
「だって事実じゃない、あんた遠くで見てるだけでまともに戦わないからいざという時何も出来ず私にあんな・・」
そこで言葉を切って顔を赤らめ俺を睨みつける。
やめてくれ、それはあらぬ誤解を生む。
「様子がおかしいと思ってましたけど、何、したんですか?」
隣のティオがつぶらな瞳で聞いてきた。
なのでもういっそ正直に全部話してやろうとしたらルナの鉄拳が飛んできた。
そして気が付いた時には片付けは終わっていた。
一波乱あったが出発の時。
「それじゃあ、出発するぜ」
おっさんが馬に鞭を入れ、馬車が走り出す。
それから二時間ほどで街に着いた。
街の名前はハルピュイア、そこはエレボスとはまるで規模が違っていた。
例えるならニューヨーク、大きな建物がそこら中にそびえ立ちこちらを見下ろしている。
異世界なんて俺のいた世界より劣っていると侮っていたが思い違いだ。
あちらこちらで今現在も資材が宙を浮き新たな建物が生まれようとしている。
街の景色に圧巻されつつ足を踏み入れる、そして予定の確認。
「よし、まだ午前中だしまずは酒場に行って依頼でも見てみるか」
この街の酒場は昼間からかなり賑わっているようで、いかつい男たちの笑い声や話し声があちこちで騒がしく聞こえてくる。掲示板の前まで移動し依頼を確認してみると、ここにもランクEからAまでの依頼があった、現在の俺のランクはCだ、Cランクの依頼を見てみる。
あったのはよく分からない名前をした魔獣の討伐依頼、Cランクになるとだいたいが討伐依頼で占められていた。
その中からそれなりに稼ぎが良さそうなのを選んで早速出発、そして何個か依頼をこなし労働終了。
夕方酒場で報酬を受け取り皆で分ける。
まだ夕方、それにひと仕事終えお金もそれなりにある。
「街を探検じゃ」
目を輝かせながらリアが提案する。
これだけ大きな街だ見て回りたい気持ちもよくわかる。俺もそうしたい。
「そうね、私も色々と見て回りたいし」
ルナも同意し他も異論はないようだった。
夕方だからだろうか、それともこの街ではこれが普通なのか人がたくさんですれ違う人の列が途切れることがなかった。街灯にも明かりが灯り始め夜に向けての準備が進んでいる。
そんな中をはぐれないよう固まって進み、武具屋、魔法道具店、雑貨屋といった順番で回る。
武具屋で新たな武器と出会いはしたが手に取ってみてそのどれにも嫌われている事が発覚、こんぼうは取り扱っていないので買うものはなし。
次に防具を見る。
俺は現在鉄のよろいを装備しているのだがこれは刃物は通しにくいが如何せん動き辛い、もっと軽量で同じ様な効果がある物はないかと探して見つけたのは刃物を通しにくい繊維で仕立てられたパーカーの様な服とズボン、色は上がグレイで下がカーキで割と好み。
すぐに購入して装備、随分身軽になってガチャガチャと音もしない快適さに胸を弾ませ店を出るのであった。
ある程度の店を回り夕食も終えあとは宿に行こうと歩いていると不意にある店が目に入った。
煌びやかな外装、けたたましい響き、そして目を釘付けにするバニーガール。
そうカジノだ。
「みんな、ちょっとカジノでも寄って行かないか?」
そう言うと即座に飛んできたのは「馬鹿?」という罵倒。
言うまでもなくルナです。
「ここはあんたみたいなすっからかんが行く場所じゃないの、馬鹿なこと言ってないでさっさと歩きなさい」
「ちょっと待てい! カジノってのは俺みたいな素寒貧こそが来るべき場所だろう! ひもじい生活を続けている最中美味しいものが食べたいとそっと有り金を確認するも僅かしかない。そんな時ふと目に入ったのはカジノ、当たるはずないそう思いつつも一時の夢に浸りたくて中に入る。すると彼はその日人生が変わった・・・・みたいな展開が待ち受けているはずだろうが!」
「そんな上手くいくわけないでしょ! あんたみたいな馬鹿だったらどうせ一瞬で有り金ゼロになって私達にすがりついてきてる未来が見え見えなのよ! 親切心で言ってるのやめときなさい!」
みんな興味が無いらしい、俺を置いて行ってしまった。
一発逆転よりも堅実さを取る真面目な若者達、だがリアだけは違った。
「カジノとはなんじゃ?」
つぶらな瞳で聞いてくる、そんな少女に俺は声高らかに説明。
「カジノとは一獲千金を目論む猛者が集まりし戦いの場だ、勝利したものは大金を手にし、敗者は地獄を見る、そんな場所だ」
「なんかすごそうじゃのう」
「ああ、すごいぞーついて来い!」
カジノの内部は栄華を極める。
大音量の音楽と眩しい照明が部屋全体を包み込み今が夜だという事を忘れさせる、そこに人の歓喜や嘆きが加わる事でここは別世界の様な特異な場所へと変貌する。
天国と地獄、その相反する二つに限り無く接した魔境、それがカジノだ。
テーブルではトランプとコインが乱雑にまき散らされ、壁際にはスロットマシーンが置かれ騒がしく音を放っている。
受付のお姉さんの所でお金をコインに変えてもらう。これで戦いの準備はOKだ。
後はひたすら稼ぐだけ。
ここまで自信があるのには理由がある、それは、俺が大抵のロールプレイングゲームのカジノを制覇してきたからだ。ゲームでカジノを見つけるとストーリーを進めるのをやめてしばらくカジノに入り浸る。
そしてそのままそこで終わってしまうのだが・・、。
そんなギャンブラーな俺がカジノで負けるなんてことがあろうか、否、ありえない。
そして俺は勝利を確信しテーブルに着く・・・・・・
一時間後
「ちくしょ何なんだよ!」
俺は投げやりになりながら残りわずかなコイン握りしめ乱暴にスロットマシーンに投入していた。
↑こうなる前、初め俺は自信満々でテーブルに着きポーカーを始めたがなんだかおかしい。
コール?? レイズ??
聞き慣れない言葉の連続・・え、なにそれ? 本格的なポーカーっすか。
ゲームでやるようなポーカーのルールしか知らないっすわ。
始まったばかりですぐにやめることもできず、見よう見まねで適当にやってみたが、負けた。
「どうなったのじゃ?」
後ろでずっと見ていたリアが聞いてくる。ルールを知らないから、俺が勝ったのか負けたのかもわからないのだろう。
「まあまあだったな・・・でも、スロットの方が稼げそうな気がするわ~」
自信満々で始めた手前、負けたというのも恥ずかしかったので、ちょっとウソをついた。正直、自信はすでに揺らいでいる。
俺がゲームでコインを稼ぐのはたいていポーカーだ、それが封じられた今、スロットに賭けるしかない。
淡い期待を抱きつつ、スロットの前に座りコインを投入する。
俺の運が悪いのかスロットは全く揃わず貴重なコインは投入口にどんどん吸い込まれ消えて行く。
そうして俺は地獄へ直行、あっという間に全てを失いカジノから出た。
「結局どうなったのじゃ?」
無邪気な子供のような瞳を向けて尋ねてくる。
「神様もいたずら好きのようだな」
「・・・どういう意味じゃ?」
「ボロ負けって意味さ・・・」
「・・・・そうか」
瞳を濡らす俺を不憫に思ってかリアはこれ以上何も聞いてこなかった。
一夜で夢がつかめるなんてまやかしだ。
堅実に生きようと心に決めた・・・・・・でも今日これだけ不運だったから次はもしかしたら・・・。
第十五話 END