第百五十八話 一方その頃⑥
どこの馬の骨かも分からない子供。
おまけに目に見える程に貧富の差がある、その時点で友達としては失格だ。
友達というのはある程度対等な関係でなければ成り立たない。一方が優れ一方が劣る、その差が大きければ大きいほど生まれる嫉妬も大きくなる。
膨れ上がった嫉妬はやがて害意につながる。
女騎士はクラリスを危険から遠ざける為にも女の子が差し出すその手をクラリスが掴むその前に払おうと動く。
だが出来なかった。
あり得ないものでも見るかのように大きく見開いたクラリスの瞳の輝きがあまりにも綺麗過ぎたから。
女騎士も初めて見るクラリスの一面。
眩しい笑顔を見せる時でさえここまで輝きはしなかった。
心の底からの喜び、その出会いは半ば諦めかけていたクラリスにとって奇跡だったのだろう。
気に食わない、腹立たしい。
自分にも出来ないことをあっさりと行ったのがこんな何の関わりも無く汚い身なりをしていておまけに汚れた手を差し出す敬意の欠片も無い存在だという事実が。
嫉妬し、排除してやりたいという思いに駆られるもクラリスの為だと己を律し女騎士は黙って見届けた。
そうして仲良く手を取り合う。
それが始まり。
「でももしそいつが少しでも姫様を悲しませるようなら殴り倒してやると様子を窺っていたがありゃダメだ」
「駄目とは?」
フレイヤが首を傾げる。
「仲を引き裂く理由がどこにも見つからなかった。そいつは裏表無く真っ直ぐな奴でこの私が一歩引いても良いと思えるくらい仲の良い友達をしてたんだ」
あの日、手を差し伸べた時に見せた笑顔は作り物なんかじゃない。
きっと彼女は誰にでも同じように手を差し伸べる。
身分の違いだとか、種族の違い、挙げ句の果てには過去すら越えて。
昔、自分に酷いことをしてきた相手でさえも例外無く助ける。そんな恨むという事を知らない心が優しい存在。
「本当に良い奴だったよ。でも、だからこそ遠ざけるべきだった」
女騎士の瞳には突如怒りの炎が燃え上がる。
優しさに対して感謝を述べるものばかりじゃ無い、時に卑劣な行動を取るものもいる。
誰かに親切にするという事は余計な危険に足を突っ込む危険を孕んでいる。
彼女は危険と隣り合わせだった。
女騎士の怒りが向かう先は可能性として十分考えられた残酷な結末へと向かう始まりを阻止出来なかった自分自身に対するものともう一つ、その結末を招いた人間全て。
「お前ら人間は姫様がようやく出会えた唯一の友と言える存在をあんな形で死に追いやった。いくらお優しい姫様であってもそればかりは許容できなかった」
「それから姫様は変わられた」と女騎士は辛そうな表情を作った。
そうなる前、表に興味など無かった。
人間などどうでも良かった。
魔界という地しか知らぬクラリスは自身が恵まれているとしか思っていない。表の空の青さも気候の穏やかさも緑の豊かさも知らないのだから。
争いの歴史を教えられ人間は敵だと聞かされていてもそもそも出会う機会などないのだからあまり深くも考えない。創作された物語を聞いているように現実味が無い。
ただ自分は幸福に過ごせているのだからそれで良いと思っていた。
でも、それらは突然現実となり、そして同時に牙を突き立てた。