第百五十七話 一方その頃⑤
「感じる! 感じるぞっ!」
女騎士はクラリスの痕跡を辿る。
方法は至極簡単、クラリスのわずかな残り香を嗅ぎつけクラリスの魔力の温もりを感じ取りクラリスを長年観察してきた結果から得た知識でクラリスが取りうる道筋を予測する。
嗅覚、触覚、そして知識を総動員した追跡。
慕う気持ちがあれば誰にだって出来る愛が為せる業。
「愛は盲目と言いますが・・・度を越した忠誠とはここまで一存在を歪めてしまうのですね」
地面に四つん這いみたいになり鼻をクンクンさせている女騎士を遠目に見ながら哀れみを口ずさむ。
残念な忠犬の道案内はなんとも気持ちの悪い事に的確、二人は苦労する事なくクラリスを見つけ出した。
「ひ、姫様っ!」
主人を見つけた忠犬は目を輝かせる。
しかし今回の目的は見守る事、飛び出し胸の中に飛び込む事は許されない。
女騎士はぐっと沸き出る欲望を抑えて物陰から若干顔を出し気づかれない様にクラリスの後を追う。
ただの散歩にしてはやけに忙しない、あちらこちらを見てまるで何かを探しているよう。
「姫様は一体何を?」
「逢い引きとか?」
何の気なしに答えたフレイヤの言葉に女騎士は即座に反応。
「そんな事あり得るか馬鹿。表に姫様の知り合いなどおらん」
「では魔界からやって来た方というのは考えられませんか? 宿の窓から偶然姿を見かけて急いで後を追った、一人で出て行ったのはその方との時間をうるさい誰かさんに邪魔されたくなかったから」
「馬鹿めっ! そんな事あるはずないだろう。私は姫様の交友関係の全てを把握している、姫様に男などあり得ん。幼少の頃より良からぬ虫が付き纏わないよう姫様の父君が目を光らせていたから同世代の男は姫様に近寄る事すら叶わなかった。故にあり得ん!」
「随分と過保護な事で、そんなんじゃ友達も少なかったのでは?」
「確かに姫様は周囲から距離を置かれていた。だが言っておくが嫌われていたわけではないぞ! 性格は清らかで慈愛に満ちている姫様が誰かに嫌われるなんて事はあり得ない、嫌われる要素などどこにも無いのだからな。ただ、生まれ持った地位と類稀な才能が原因だっただけであのお方は心根の優しいお方なのだ」
本人にその意思はなく振る舞いも同じにしてはっきりと口で対等に扱って欲しいと伝えても身分の違いから来る畏れは完全には消え去らない。
粗相をして怒らせたらどうしよう。
怪我でもさせたらどうなるか。
だから関わらない方がいい。
わざわざ余計な問題を抱えようという物好きはいなかった。
「外側の、姫様にはどうしようもないところばかり見て遠ざけて内面を見ようとしない、周りにいたのはそんな姫様の友になる資格など無い奴等ばかり、だからいっそそのままでも良いと思った。姫様の寂しさは私が埋めれば良いだけの話だからな」
「だけど現れやがった」と女騎士は複雑な表情を作る。
クラリスの身分を知りながらも気にする事なく友達になろうと手を差し伸べる物好きが突然出現した。
公園で子供の輪に入れず遠くで眺めているだけのクラリス、誰もが存在に気づきながらも畏れから近寄ろうとしないなか平民、いや普通よりも少し貧しい生活を送る魔族の女の子が泥まみれの手を差し出した。
髪の毛はボサボサ、着ている服はしわだらけの華やかさが欠片も無いクラリスの対極に位置する姿、それはさながら金剛石と黒墨、同じ魔族でありながら住む世界が違う、そんな隔たりが存在した。
話したこともない、名前も知らない、だけどクラリスはその存在だけは知っている。
いつも一人ぼっちの孤独な子、汚いという理由で遠ざけられる可哀想な子。
生まれ持った環境のせいで普通という枠組みに入れなかった子。
富める者と貧しい者、そんな大きな違いをもって生まれながらもちっぽけ公園の中では二人は同じ除け者だった。