第百五十六話 一方その頃④
♢
「どうしたんだよ、なぁ?」
「・・・・・」
「もしかして、今の話を聞いて罪悪感でも抱いちまったのか?」
「・・・・・」
「気色悪い笑みを貼り付けただけの奴だと思ったがそんな人間らしい顔もするんだな」
「ええ、私も一応人間ですので悲しくなる時だってあります。嫌いと本人の口から聞いてしまって心が引き裂かれそうな思いを感じておりますので」
しくしくとふざけた様に目元を手で覆う。
「誤魔化すなよ」
「何がです?」
「お前リアの事をどう思ってる?」
「ただの子供であり一応元お仲間ですかね」
「嘘だな。お前、あいつの事が好きなんだろ?」
半ば確信した様な目つきで女騎士がフレイヤにそんな言葉を投げかけた。
見ない組み合わせの二人が一緒に行動している理由については時間を少し前に遡る。
♢
「少し出掛けます」
フレイヤの勧誘に失敗した直後、クラリスは席を立ち扉の前へ。
「お待ち下さい姫様、私も共に参ります」
話が終わり拘束から解放された女騎士が勢いよく歩み出しクラリスの元へと駆け寄った。
日が沈み辺りが闇に包まれ始めるこの時、姫様を一人になどさせられないと騎士としての責務と姫様と一緒にいたいという欲望からいつも通り当たり前の様に付いていこうとしたのだが今日この時、不意にそんな日常が終わりを告げた。
「いえ、あなたはここにいて貰って構いません。少し外を歩くだけです心配は要りませんから」
姫様は私の事を想い休んで欲しいとの考えから同行を拒否されたのだろうが私の休息とは姫様と二人きりの空間にいる事、ここ暫く邪魔者が存在してそんな時間がなかなか取れなかったが幸い今この瞬間この場に邪魔者は居ない、いまが好機! と考える女騎士はずんとさらに一歩前に踏み出す。
「いえいえ、万が一の事があるやもしれません。いつ如何なる時でも姫様の剣となり盾となるのが私の役割、私の心配など不要、つまりお供します!」
クラリスの手を取り目を輝かせて同行宣言、この後の展開も目に見えている。
『キアラ! そこまで私のことを想って・・・そうですね私達は永遠に一緒です、共に参りましょう!』
と心震わせる美しい音色が耳に入ってくると信じて疑わない女騎士はクラリスの口から出た言葉に次の瞬間には膝から崩れ落ちる。
「いえ、同行は不要です。暫く一人にしてください」
現実の残酷さに打ちのめされた。
♢
「ぐすっ・・・ひっく・・うぅ・・」
女騎士は暫くクラリスが去って行ったドアの前で泣いていた。
「いつまで泣いてるんですかみっともない。姫様も年頃の女の子、一人になりたい時だってありますよ」
涼やかな、そして少し笑いの混じった声が情けない姿を晒す女騎士に向けられる。
「姫様が私を拒絶するなんて・・・姫様は私が一緒じゃないとどこにも行けない筈なのに・・姫様は一人だとすぐ迷子に・・姫様は我儘で甘えん坊で少しドジっ子で・・姫様は・・・」
泣いて泣いて泣き果ててついには抜け殻の様になった女騎士から次々と漏れ出てくるのは女騎士から見たクラリスの可愛いところという名の恥部。
それをフレイヤはひとしきり聞いてこれ以上面白い話が望めなくなったところで声を掛ける。
「塞ぎ込んでいても仕方がありません、一緒にお姫様を探しにいきましょう」
「・・・馬鹿を言うな。姫様は一人にしてくれと言ったのだぞ、その願いを裏切る様な真似出来るか」
「ですがもうこんな時間、騎士として言いつけを守るのは大事なことかもしれませんが命令にただ従うと言うのはどうなのでしょう? 何かが起きてからでは手遅れなのですよ。騎士たるもの、時に命令に反してでも主人のために行動する気概は必要じゃ無いですか?」
「それは・・・」
「貴方が自分をただの騎士であると言うのならただ命令に従う装置でいるべきでしょう。そうすれば誰からも責められない、間違った事は何もしていないのだから。しかし、貴方があのお姫様にとって特別な騎士でありたいのならその瞬間瞬間でお姫様の事だけ考えて行動すべき、それによって後で責を問われる事になるとしても自分の身より姫様をと自己犠牲の精神でやるべき事をやる、それこそが真の騎士というものでは無いでしょうか?」
女騎士は心を打たれた。
自分は命令違反をして姫様に嫌われたく無いと言う自身の保身の為に命令に従おうとしていたからだ。
いつ何があるかわからない、確実に姫様の身を守る為には例え姫様の望みだとしても一人にしてはいけなかった。
「ふふふ、まさか貴様に真の騎士道とは何たるかを説かれるとはな」
「どうするか決まりましたか?」
「ああ」
女騎士は立ち上がる。
涙と鼻水を拭い顔を上げる。
そこには真の騎士となった女が一人。
「これより姫様を捜索し見つけ出し次第、その姿を影でじっと見守るとする!」
真の騎士の出陣。