第百五十話 監獄にて ④
そうして全ての選択を奪われ行き着いたのが牢の中。
ただこれはあくまで一時的なもの。フレイヤの目的は初めから俺を牢に閉じ込めておくことでは無かったらしい。
『あなたに見てきて欲しいのです』
『見てきて欲しい?』
『ええ、これからあなたが収監される監獄の様子を』
それが彼女の目的。
それだけの実力があるのだから一人で侵入し看守全員を縛り上げて自分で確認すればいいのにと思ったがフレイヤ曰く『監獄という場所は負の感情で満ち溢れています、神聖なる自分にとっては汚・・穢れが身体に合わないので近付けない』との事。
本当か嘘か正直怪しいところではあるがフレイヤがそう言うのならそうなのだ、そこに疑問を持ってはいけない、汚いから近づきたく無いなんて事は決して無い。
とにかく大人しく言う事を聞かないと人質として捕まっているリア達がどうなるか分かったものじゃないのだ、つまり俺がすべき事は言われた通り色々と見て後はさっさと脱獄する。
ただ、これはこちらに不利益ばかりあるものでは無いらしい。
『強過ぎる負の感情は魔と変わる。積もり積もった魔はやがて一帯を魔界へと取り込んでいくという話ですがそこはそうなっていない、それは何故か?』
フレイヤはぴんと人差し指を立て真剣な面持ちで疑問を提示して同時にその疑問に対する自らの考えを口にする。
『私の予想だとあそこにはなんらかの浄化装置がある。あの規模です、それはもう神聖な物なのでしょう』
例えば、とニヤリと笑みを浮かべた。
『聖剣などと言われる恐ろしいものが・・』
脱獄の手段は用意してある、宿屋の部屋に複製したミニ魔剣を置いてあるからいつでも帰りたい時にそっちに移動できる。
捕われのリアたちの為、そして力を手に入れる為に収監された。
そして現在。
「おい新入り、それよこせ」
「え・・あ、はい」
食事中に唯一の楽しみであるお肉が奪われた。
でもこれくらいなんて事ない、みんなの為に目的を果たすまでは帰らない。
「おい新入り、呼吸がうるせぇ息するな」
「いやそれはちょっとどうしようもないっていうか・・」
「あぁ?」
「気を付けます」
至って普通に呼吸していたがうるさかったみたいだ、これくらいで文句を言ってくるなんてめんどくさい奴だやれやれ。
でもこれも目的を果たすまで、それまでは・・。
「おい新入り、なんかムカつくから殴らせろ」
「ぐへっ!?」
もうやだ帰りたい!何なんだよこのルームメイト! ジャイアニズムの化身か?
横暴で凶暴、なんでもかんでも力で解決しようとする。一体どんな教育を受けたらこんなのが出来上がるんだ。
「おい新入り、何こっち見てやがるんだ、文句でもあんのか?」
理不尽に殴り飛ばされて文句が無いわけないだろ脳筋が。
もうあったまきた!
人が波風立てたくないからって大人しくしておけば調子に乗りやがって。お前なんてどうせしょうもない悪事働いて捕まった間抜けだろうが! こっちは過酷な訓練をこなしてきた不死者だぞ、いい加減分からせる必要があるな!
「文句あるに決まってるだろ子悪党、人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」
「・・・何だって?」
「聞こえなかった? そんなわけ無いよな。いつもはこれよりはるかに小さい音を聞き付けて馬鹿みたいに文句つけてくる小さい野郎なんだからさ!」
「訂正するなら今のうちだぞ」
「そっちこそ、謝るなら今のうちだぞ!」
「ああそうか、どっちも折れるつもりはねぇって事ならこれは・・あれだな」
「あれって何だよ?」
「言葉より暴力で解決しろって事だ」
次の瞬間には拳が飛んできた。だがそれはこちらも望むところ、ただの一般人の拳など容易に避けられない俺では無い。
「受けてたってやる、そんでその態度改めさせてやる!」
宣言と共にさらりと横に避け驚きで目を剥くその顔に虐げられし者の反逆の一撃をお見舞い、吹っ飛んだ男は鼻血を拭いながら無言でこちらを睨みつけてくる。
俺に対して行なってきた悪逆非道の数々の痛みがどれほどのものかその身を以て知っただろう。
「どうだ思い知ったか! 世の中お前より強い人間はいくらでもいるんだからな、これに懲りたら謙虚に生きる事だな子悪党め!」
「そんなもん言われなくても知ってんだよ。俺より強い人間がいたから今俺がここにいるんだろうが」
それはこれまで見たいな相手を威嚇する為の言葉ではない。
つい最近も聞いた事がある、これは後悔とか恨みとかそう言う性質のものだ。
こんなに凶暴な男にこんなにも弱々しい表情をさせる程にその刺は心に食い込んでいるらしい。よっぽど辛い負け方をしたのだろう。
とはいえあれだけの事をされた身としては気に掛けてやる余裕は無い。
「失敗から何も学ばないとか一生子悪党でいるつもりか!」
ここぞとばかりに仕掛けてやりますとも、心をへし折ってやりますとも!
「さっきから子悪党子悪党言ってるが俺が何してここにいるか知ってんのか?」
「知らないけどこれまでの様子を見て予想は付く。ここで俺にした事を外でもしてたんだろ? 気付いてないかもしれないけどお前がしてたのはれっきとした犯罪だからなバーカ!!」
勢い任せに言ってしまったが先に酷いことをしてきたのは向こう側、そんな馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。
「してねぇよそんな事」
呆れた様に笑う。
「じゃあどうしてこんな場所に?」
もしかして冤罪とかだったり。
さっき言ってた強い人間、それは権力的に強い人間って事でそいつに貶められて罪を着せられた、それで今じゃ腐ってこんな性格になってしまったとか。
そう思うと少しだけ悪い気がしないでも無い。
「人を殺したからだよ」
同情の必要は無いらしい。