第十四話 早起きすることは良いことです
最悪の目覚めだった・・・。
朝、目を覚ました俺の眼前に広がったのは気持ちよさそうにすやすやといびきをかき眠るおっさんの寝顔だった。
おえぇぇぇぇ・・・と、吐くまではいかなかったが、もう寸前まで出かけた。
あんなおぞましいものは二度とお目にかかりたくない。
体が重たい、起き上がるのがとても億劫だ。俺の朝は基本的にこんな感じだ。
前の世界にいた時もこのまま二度寝したい、学校を休みたいという誘惑にギリギリのところで勝って学校に向かっていた。まぁ、誘惑に負けたとしても親にたたき起こされていたのだが。
このままおっさんの隣で寝るのもそれはそれでなんかヤダ。
「しかたない」
気だるく起き上がり、馬車を出て体を伸ばし、深く深呼吸する。
日がまだ完全に昇っておらず辺りはまだ薄暗い。
チュン、チュン
鳥の囀りが聞こえてくる。心が洗われるような素晴らしい鳴き声だ、おっさんのいびきとは大違い。
早朝の空気はなんだか独特で俺は好きだ、それが森の中というならば尚更空気はおいしく感じる。俺は夜型の生活だから朝はいつもギリギリまで眠るので、こんな空気を味わう事はほとんどなかった。徹夜して朝を迎えることはあったがそれはまた別だ。
せっかくだし、しばらく近くを散歩してみることにした。
どうせ近くだし魔物の気配も無さそうだったので武器と防具は装備せず軽装で歩き出す。
自然の空気を体全体で浴びつつ歩いていると、ふと、水の流れるような音が聞こえてくる。
近くに小川でもあるのだろうか。
ちょうどいい、昨日はお風呂にも入れていない、顔を洗うぐらいはしておきたかったので音が聞こえてくる方に歩みを進める。
地面の草を踏みしめ進むこと数分で、水の流れる音は大きくなり、木々の隙間からわずかだが目でも小川を確認する事が出来た。
「もう少しだな」
足を速めて近づいて行く。
そんな俺の背後でガサッ、ガサッ、ガサッと何かが草を踏むような物音が聞こえてくる。
しかも、その音は段々と近づいて来ているようだ。
慌てて後ろを振り返って見てみると、俺の背丈程はあろうかという猪型の魔物が猪突猛進ですぐそこまで来ていた。
「うおぉぉぉ」
すぐに前を向き走り出す、こんな時、向かってくるものに対して直角に逃げれば良かったのだろうが、あまりにも突然だったのでそんな考えに頭が及ばず、魔物の前を真っ直ぐに逃げてしまった。
チラチラと後ろを振り返りつつ必死に逃げたが、俺と魔物の距離は瞬時に縮まりすぐ真後ろまで迫っている。
もうダメだ、次の瞬間、魔物は俺を跳ね上げた、
「ぎやぁぁぁぁ」
バシャンと小川の中程にお尻から落下、
「痛ってぇぇぇ」
小川は水深が浅く、落下の衝撃をほとんど和らげることなく水中の石に強くお尻をぶつけたのでかなり痛い。
だが、幸いなことに俺を吹っ飛ばしてくれた猪型の魔物には牙が無かったので大きな怪我には至らず、お尻を打撲したくらいで済んだ。
魔物は少し高いところから俺を見下ろして、ただ吹っ飛ばしただけですぐに去って行った。
何しやがるあの野郎、
「俺のこんぼうでお前のケツ引っ叩いてやるからな、覚えてやがれ!」
去り行く魔物に向かって、そう悪態を吐いた。
「あいたたた」
ビショビショになった体を起こそうとした時、すぐ近くに人がいるのに気が付いた。
色白で、体は鍛えられているのか適度に引き締まっており、きれいな銀髪を靡かせ一糸纏わぬ姿で呆然と立ち尽くしている・・・ルナだ。
目が合い、お互い時間が止まったかのように固まった。
「お、おはようございます・・」
他に言葉が思いつかず、ぎこちなく挨拶をするが返事は返ってこない。
それどころか、みるみるうちに顔が真っ赤になって、目に涙が浮かんでいる。
ヤバイ、マジヤバイ、超絶にヤバイ。
「本当に、すいませんでした!」
言い終える前に全速力でその場を立ち去った。
くそ、なんでこうなる。
俺はただ顔を洗おうと思っただけなのに、ルナの水浴び現場に遭遇するなんて・・・。
何もかもあのクソ猪魔物が悪いんだ、俺は何も悪くないはずだ。
あの野郎・・・・・・・・・・マジ感謝・・・。
馬車の所まで戻ってくると、地面に倒れるように座り込み、どうやって言い訳するかを考える。
それからしばらくして、俺が必死に頭を働かせている最中、ついにルナが戻って来た。
とっても不機嫌そうな表情で、刺すような視線を一瞬俺に向け、すぐ視線を逸らす。
相当怒っていそうだ。これはやるしかないな。
決意を決め、ゆっくりとルナの目の前に行って、それはもう深々と額が地面に着くほどに頭を下げ土下座をした。
そうして、その状態のまま誠心誠意の謝罪と、なぜあのような状況に至ったのかを詳細に説明する、あれは、どうしようもない偶然だったと。
謝罪と説明を続けること数十分、ようやく納得してくれた。
というのも、ルナも俺が魔物に吹っ飛ばされるところを見ていたらしく最終的には仕方なかったという方向で話が収まった。
早起きもたまにはいいものだ。
第十四話 END