第百四十四話 仇 ⑦
仲間だったものがまた一人揃ったというのにここにあるのは重い沈黙。
お互いが牽制しあって昔の様な気兼ねない言葉をかけられる様な状況は無い。
「裏切るの?」
最初に沈黙を破ってフレイヤに問うたのはルナ。
「いえ、そんなつもりはありませんが」
あっけらかんとした表情で答える。
「じゃあ今のは何? 私の邪魔をして、どう考えたって裏切りでしょ?」
「あなたの邪魔をしたからと言ってどうして裏切りになるのでしょう?」
「あんた人間でしょ、それなのに人間の私の邪魔をして魔族を助ける様な真似、裏切り以外の何者でも無いじゃない」
フレイヤは困った様に肩を竦める。
「二つほど間違いがあります」
そう言って二本指を突き出し二本のうちの一つを折り曲げる。
「まず一つ目、あなたが今殺そうとされているのは魔族ではありません、ですので私が魔族の味方をしたとは言い難いかと」
次に残ったもう一本を折り曲げた。
「二つ目、そもそも私は人間の味方ではありません」
その答えに驚かされたのはルナだけじゃ無い。
「人間の味方じゃ無いっていうならあなたはどうしてあの時・・・彼女を死に追いやったんですか?」
あの時フレイヤの邪魔が入らなければ陛下も一緒に行くことが出来た、死ぬ事なんて無かった。
「それは私が魔族の味方でも無いからです」
「中立の立場という意味ですか?」
聞いておいてそれは違うと勝手に答えを出してしまっていた。
人でも魔族の味方でも無い、そんな今の俺と似た立ち位置とは違う。
俺はどっちつかずなだけ、人や魔族双方の良い面も悪い面も知ってしまったから決められない。
フレイヤはそんな俺とは違ってもっと確固たる目的を持って動いている様な気がする。
「いいえ」
答えは思ったとおりの否定。
「じゃああんたは何なのよっ! 何の目的もなく悪戯に場をかき乱しに来ただけって事!?」
「ですから神に救いを求める声が聞こえた気がしましたので立場上見過ごすわけにもいかないかなと思いまして」
そう答えてフレイヤはこちらを見た。
確かに最後神頼みをしたがまさかあれが通じたなんて事・・・。
「神・・・ですって? そんなものに救いを求める人間がこの世にいるはずない。そんなの信じてるのあんたみたいな変わり者だけよ」
「そうですね、悲しい事ですが今の世の中あなたの様な考えをお持ちの方しかいないのは理解しています。神は何もしない、神は試練しか与えない、そして行き着いたのは神は存在しない、そうやって人々から信仰は失われた」
そこでフレイヤは「はぁ」とため息を一つ。
「個人の欲望を叶えてくれないから、自然災害によって自分は酷い目にあったから神は悪者ですか。個人の願いをいちいち叶えていたら秩序は崩壊しますし自然災害で救われた生物もいるやもしれません。神は人間だけの味方じゃ無いんですよ、この星に生きる全ての生物の味方なんです」
「じゃあ何であんたはそいつの、その個人の救いを求める声に応じてるの? 神とやらの意思に反してるんじゃない?」
「いいえ、これが今の神の意思ですので」
「どうしたって立ち塞がるつもり?」
「ええ、あなたに彼を殺させるわけにはいきませんから」
ルナは忌々しげにフレイヤを睨みつける。
「そう・・・だったらあんたもこの場で殺してあげる」
憎悪を集積させた殺意、聞いた人の内側から凍え上がらせる響き。しかしフレイヤにはまるで通じていない。
「あなたが私を殺すのですか?」
いつもの笑みを見せる。
フレイヤとしてはいつも通りなのだろうがこの瞬間においてそれはルナにとって嘲笑の意味合いを持っている様に映ったのだろう。
迷いなく刃をフレイヤに向けようと踏み込もうと試みるがルナは最初の一歩すらも踏み出す事は叶わなかった。
「っ!?」
ガチャリと鉄が擦れる音、ルナの身体は既に鎖によって拘束されている。
「殺す殺すと獣みたいに吠え散らかしてみっともない。殺すだなんて宣言は格上が格下に対して行うものであなたの様な弱者は言葉より先に行動を起こすべき、強力な力を手に入れて頭の中が退化するのはまさしく人間らしいですが思いあがるのも大概にした方が宜しいかと。でないと・・・」
そこで明らかに空気が変わった。
寒気、怖気、何かとてつもない常識を超えた存在が目の前にあるかの様な畏れ。
「天罰が下りますよ」
ふざけて出た冗談みたいな言葉だがこの空間に於いてそれは真実味を帯びている。
フレイヤという存在一つだけで一般的な認識が歪められている。
ルナからさっきまでの覇気が失われた。微かに震えてさえいる。
「くっ・・分かった。この場は退く、それで良いでしょ?」
「ええ、そうしてもらえると助かります」
ルナが撤退の意思を示すと途端異常だった空気が元に戻った。
フレイヤが見守る中ルナは仲間の女を抱えて転移の魔法を発動させる。光に包まれ消えゆく最中、最後一瞬こちらに目を向けたて来たがそこには敵意しか無かった。
「さて」
軽やかな動作でフレイヤが振り返る。
「お久しぶりですね」
かつてのように語りかけて来た。