第百四十三話 仇 ⑥
自分の今の力はルナと拮抗していた。
ルナが女より弱いのか? 違う、ルナは確実に女よりも上だ、こうやって斬り合ってみてよく分かる。
俺が手を抜いていた? それも違う、リアの為に俺も全力でやってそれでも一人では女に及ばなかったのだ。
それなのに女より強いルナと互角に戦えていた。
「このっ・・なんでっ・・・なんで私があんたなんかにっ!」
レンフィーリスの力を借りるこちらとエルフェルシアの力を利用するルナ、実力以外の部分はほぼほぼ互角。そんな中で戦いは拮抗、なんかと見下していた相手から思いがけない粘りを受けルナは苛立ちを募らせていく。
俺もルナも戦い方は同じ、どちらもレンフィーリスの動きを倣ったもの。
白銀の髪をなびかせ一筋の閃光となりて凄まじい速度で相手に迫り強力な一撃で守りを崩し続く一手で仕留めにかかる。
力と速さを武器にした実直で真っ直ぐな剣筋、ルナはそれこそがレンフィーリスの動きと信じて疑わないのだろう。
だがそれは似てはいるが全てではない、所詮は他人のもの。
美化された英雄の剣だ。
師匠はそんなに真っ直ぐじゃなくずるい一面も持っていた。
力には力で、速さには速さを以て応戦する、それは英雄と呼ばれるような正義の味方らしいやり方ではあるがレンフィーリスは英雄と呼ばれはしたが自身にその自覚は無い。つまりそんなイメージに引きずられた戦い方はしない。
俺はそちらを受け継いでいる。
剣と剣の応酬の最中に地面の砂を蹴って相手の顔に、その後すかさず足払いを仕掛ける。
同じ戦い方でまさかというのもあったのだろうし頭に血が上っていたのもあったのだろう、ルナはあっさり引っ掛かりお尻から地面に崩れ落ちたのでその襟元を掴み引き寄せ呆けた顔面に今度こそ師匠の如く強烈な拳を食らわせてやると見せかけて平手打ち。直前まで本気で怒って本気でぶん殴ってやろうと思っていたのだが年相応の怯えた表情を見せられると甘いかもしれないがやはり殴り倒すなんて出来なかった。
「俺の勝ち」
頬を押さえるルナに勝利宣言。
「くっ・・・卑怯者!」
目を吊り上げて非難の視線、ルナから見れば俺がやったのは卑怯な事だったのだろう
、だがそれがレンフィーリス。手でも足でも落ちてる物でも使えるものは使う。俺は師匠に何度も何度も殴り倒され蹴り飛ばされそこらの小石を超高速でぶつけられた。
「卑怯者でもなんでも勝ちは勝ちだ、だからもう退いてくれないか?」
納得はできないかもしれないが今のルナの有り様はどう見たって敗者、だからか一応勝者である人間の言葉を受け入れてくれるかもと期待して頼んでみたが返事は聞くまでもなさそうだ。
ルナがこちらに向けた表情、それは紛れもなく憎悪の顔。
「・・・・ざけるな・・ふざけるな・・・」
敗北を突き付けても止まらない。
「私が魔族なんかに・・・穢れた存在なんかに・・」
吐き出される言葉にはありったけの怨念が、向けられる眼差しには憎悪が、それは怒りというよりもはや呪いの域に達している。
嫌悪なんて言葉では生温い、怒りの果てに辿り着く憎しみというものがなんなのか初めて知った。
「お前・・・」
あまりの迫力に言葉が詰まる。
比較的平和な世界で生まれ育った俺では触れる事がなかった決して極限の負の感情はとても恐ろしく恐怖で身体を硬直させるほど。
「あんたは魔族の味方をしても魔族じゃない、だからどれだけ言葉で非情に徹しても迷いがあった。それに・・・」
ルナがゆっくりと立ち上がりながらそんな事を呟いた。
「短い間だったけど・・・仲間でもあった」
俯いた顔を上げてその目を真っ直ぐこちらにに向ける。
「でもそれももう終わり。今この瞬間より情は捨てる」
向けられたルナの目を見て悟ってしまった。
「だからあんたもこんな半端な事はやめて本気で殺す気で来なさい。これから私は全力であんたを消し去りにかかるから」
俺たちはもう殺し殺されるだけの敵同士なんだと。
それからのルナは全て違っていた。
繰り出される攻撃の全てが力と速度を増して迫ってくる。
拮抗しているだなんてとんだ思い上がりだった。
今のルナが本気でこっちはもう守りに徹する以外の事はさせて貰えない。姫様も魔法で援護してくれてはいるが簡単に斬り伏せられて反撃に繋げられない。
いずれ俺が敗北するのは火を見るより明らか、そしてその時はすぐにやって来た。
足元から突然突き出して来た氷柱に意識を持っていかれた次の瞬間には視界一杯に眩い光が弾け視界を奪われる。
見覚えのある剣と複数魔法による連携、その最後に声が聞こえて来た。
「これで終わり」
その言葉通り敗北が決定していた。
ルナの刀によって身体を貫かれ後はもう俺が師匠にやった様に吸収されるのを待つだけ。
唐突な終わり、一度目も二度目も同じ様な感じだったが今回は少し違っている。
消える事にひどく恐怖してしまっている自分がいる。まだ終わりたく無いと心の底から叫んでいる自分がいる。仕方ないと諦められない自分がいる。
ただ生きてるだけじゃなく目的を持ってしまったから終わるとそれを成し遂げられないと恐怖する。
「ま、待ってくれ!」
みっともなく命乞いの言葉を頭の中で必死に探す。
今までそんな狩人を何人も殺してて来たというのに。
「・・・何?」
「俺は、今の状況をどうにかしたかっただけだ。人間の敵に回ろうだとか魔族の味方をしようとかそんな思いはこれっぽっちもなかった。ただ目の前で理不尽に奪われる命を見過ごせなかっただけなんだ。そこに自分が関わっているから」
「それで人を何人も殺したの?」
「・・・・無抵抗の子供を痛ぶって楽しむ様な奴らだ」
「あんたが殺した連中がどうかは知らないけどそういう人間の中には同じ事を魔族にやられた人だっている。自分の子供を惨たらしく殺されたから同じ事を魔族に対して行う、そんな人間が一定数はいる、そういうこと考えて殺したの?」
・・・・考えていなかった。頭に血が上って許せないという思いだけで行動していた。
「考えて無かった・・でもだからって間違ってるだろ。関係ない相手に怒りをぶつけるなんて」
「そうね」
「だったら━━━━━」
「━━━でもその間違いを魔族だって犯しているんだからお互い様。私だって当時は何もして無かった関係無かった、ただの無力な子供だった。でも英雄の末裔だからってだけで悪意をぶつけられた」
過去を思い出してかルナが辛そうに顔を歪める。
「人間と魔族は結局のところ共存出来る生き物じゃない。レンフィーリスはその一点において間違いを犯した。だから私が修正する、魔族全てを滅ぼしてあるべき姿に」
再び瞳に鋭い光が戻った。
「無駄話は終わり。あんたはもう消えなさい」
力が抜けていく感覚、どうすることも出来ない現実が悔しくてたまらない。
出来ることと言えば神に助けてくれと心で願う事くらい。
正直、あっさりと終わってしまうと思っていた。
だから、その後起きたことにそんな奇跡があるのかと目を疑った。
突然見覚えのある鎖が無数に現れルナを襲いその場を離れることを余儀なくされた。
突然の襲撃にもルナは冷静に「どういうつもり?」と俺でも姫様でもない誰かに向かって言葉を投げかける。
「助けを求める声が聞こえた気がしましたので」
その声は仲間のものでもあり俺の恩人とも言える相手を死に追いやった人物のものでもある。
「フレイヤ、さん・・」
名前を呼ぶとその人は記憶の中にあるのと変わらぬ優しい表情で微笑み返してきた。