第十三話 旅立ちの夜の試練
カタカタと馬車に揺られながら大して変わることのないただ草原だけが見える外の景色を見つつ、すでに数時間が過ぎようとしていた。
「すまないなぁ、魔物の相手を任せちまって」
馬車を操る恰幅のいい男がこちらを振り返らず前を見てしっかり安全操り(というのだろうか?)でこちらに感謝している。
「いえいえ、俺達に任せておいてください」
笑顔をみせて精一杯愛想良く答える。
そうすると、いつものようにルナによる「あんたは何もしてないでしょ」というツッコミが飛んでくる、しかし、今回ばかりは胸を張って「お前も何もしていないだろう」と反論できる。
あまり危険な魔物もいないので、遠くからの魔法攻撃だけで十分だという事でティオとリアによる魔法ですべての魔物を対処していた。いちいち降りて戦うのが面倒臭かったわけではない。
さすが魔王の娘と言うべきか、リアの魔法はかなり強力でここら辺の魔物は一撃で倒してしまっていた。・・・俺のパーティー強すぎじゃね?
そんな感じの数時間で、さすがに暇になってきている。
まず始めに限界を迎えたのは思った通りリアだ。
「暇じゃ~暇、暇、暇じゃ~♪」
と中身のない歌をずっと口ずさんでいた。
それを聞いているルナは見るからにイライラしだしていたので、このままではいつか怒りが爆発すると判断し、緊急措置として道具袋からこの世界における至高のゲームであるトランプを取り出す、これさえあればみんな笑顔になるはずだ。
全員やはり暇だったのだろう、トランプをやる事には誰も否定しなかった。
まずはババ抜きからだ、5人でカードを分けて始める。
ジョーカーを始めに引いたのは俺だ、そんな俺のカードを引くのはルナだった。
一周目ジョーカーは動かなかった。
二周目にまんまとルナがジョーカーを引き、こちらを睨みつける。いやいや俺は別に悪くないだろう、というか顔に出過ぎだろう。
三周目ジョーカーは動かない。
というかその後はずっとジョーカーはルナの元から動く事は無かった。
ルナは良く言えば素直、悪く言えばバカなのか、引こうとする人が手元のジョーカーに手を付けると途端に口元が緩み、それ以外だと険しい表情になる。
そんな事をしているのでバレバレで見事に全敗していた。
「なんでよ、なんで誰も私のジョーカーを引かないのよ!」
「もしかしたら、神の罰かもしれませんね、何か日頃の行いで悪い事はしていませんか?」
いたずらな笑みを浮かべフレイヤが言う。
「えっ、そうなの、悪い事なんか何もしてないはずだけど・・・」
ルナは真剣に焦っている。
「いえ、何かしているはずです、昨日朝起きてから寝るまでにしたことを事細かくおっしゃってください」
「昨日は朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、町をぶらぶらしてから家に戻って掃除してお風呂に入ってご飯食べて寝るくらい・・・かな」
「成る程、昨日の行動は普通ですね。なら問題があるとすれば今日、例えば・・・」
「例えば?」
「今日の下着の色は何色ですか?」
「上下とも白だけど・・・って!?」
「ですってどう思いますか?」
にこやかに俺の方を見てそんな話振られても困るんですけど。
「そう、なんですか。えっと、良いんじゃないですか」
咄嗟にそう答える、すると、
「変態!」
そんな言葉と同時に平手打ちが飛んできた。
「ぐはっ!?」
なんて理不尽。
「そ・・それじゃあ、ババ抜きはやめて他のゲームにしましょうか」
ティオが場の空気を変えようと必死で提案している。
「じゃあ、ジジ抜きじゃな」
「ババ抜きとほとんど一緒じゃない、どうせ私が負けるわよ、他のゲームにしなさい」
いや、ルナよジジ抜きはどれがジジか終盤まで分からないから、すべて顔に出るお前でも勝ち目はあるぞ・・・とは思ったが、黙っておいた。
「面倒くさいのう、では、大富豪でもするかのう」
「それならいいわ」
遊んでいるうちに日が暮れ、あたりが真っ暗になる前にテントの準備をした。
目的地にはもともと一日では着かない予定だったのでテントと調理道具はしっかり馬車に準備されており、食材は自分たちで用意し準備はばっちり出来ている。
魔法で火を起こし、やかんで水を沸かし、料理の準備に取り掛かる、そこで重大な問題に直面した。
「誰か料理できる人~~挙手」
・・・・・誰も手を上げない・・・だと!?
まさかそんなはずは。
フレイヤさんに視線を向ける。
「すいません、料理はしませんので」
続いてティオに視線を移して、
「ティオは出来るよな」
しかし、申し訳なさそうな表情で、
「ごめんなさい、料理はお母さんにまかせっきりで・・・」
そこで言葉を切ってうつむいた。
ルナとリアは・・・出来ないだろうな。
本当に誰も料理が出来ないというのか。
そうだ、馬車を操っているおっさんなら出来るかもしれない。
一縷の望みをかけておっさんに尋ねてみる。
「俺が料理をするように見えるか、ガッハッハッ! できるわけねえだろう」
言っておっさんはやかんを手に取り、もう片方の手で持っていた即席麺にお湯を注ぎふたを閉め2分ほどでズーズー音を立てて食べ始める。このおっさんは固めが好みなのかな、俺もちょっと固い方が好きだ。
食べるおっさんを無言で眺め、おっさんは食べ終わるとさっさと馬車の方に消えて行った。
「なぜ俺達もあの即席麺を買わなかったんだ」
唇を噛みしめ手を強く握り、心底悔しそうに言葉を漏らす俺。
「仕方ないじゃない、誰も料理が出来ないなんて言わなかったんだから」
ルナの言うとおり、誰も料理が出来ないなどと言わなかった、が、出来るとも言っていなかった。
『まぁ、4人も女性がいるんだし~、一人ぐらい料理できる人なんているっしょ』てな感じで食材を購入した。なんでも人任せにするのは良くないという事だな。ちなみに購入したのは簡単な野菜炒めのための食材だ。
だが、所詮野菜炒めだと思わない方がいい、単純に切って炒めるだけの料理だと思ったら大間違いだ。
調味料の量を間違えると大惨事になるのだ、あんまり多すぎると味が濃くなりすぎてダメだし、かといって少なすぎても味が薄くてダメになる、このバランスをうまく取れるかが重要になる。
「野菜炒めなんて、食材を切って適当に炒めるだけでしょう、心配しなくても簡単に出来るわよ、私に任せなさい」
袖をまくり、手を洗い食材を手に自信満々の表情で料理に取り掛かろうとするルナ。
まずい・・・簡単に出来る・・私に任せろ・・・これは完全にフラグだ! ダメだ、こいつに料理をさせてはいけない、いますぐ止めなければと俺の頭が警告している。
即座に立ち上がり、ルナが手に持つ食材を奪い取ろうと手を伸ばす、しかし、いとも簡単にかわされ、軽く蹴りを入れられた。
「ま、待て・・俺がやる」
地面に跪きうめくように声を絞り出す俺を見下しながら、
「あんたに出来ると思わない、食材を無駄にするわけにはいかないの、完成まで黙っておとなしくしていなさい、いいわね」
まるで、料理の邪魔をする悪がきを怒るかのごとくの言い様だ。
あきらめよう、最悪、味が濃すぎるか無いかのどちらかだ、食べられなくなるわけじゃない。もしかしたら、滅茶苦茶おいしい可能性が無いわけではない。確率は低そうだが・・。
俺も他の皆もルナを信じておとなしく待つことにした。
15分後
ルナによって生み出された野菜炒めは俺が普段見ていたものと比べるとやたら茶色く、言い表しようのない変なにおいが鼻孔を刺激していた。
おいおい冗談だろ、なぜ野菜炒めがこんな変なにおいを放っているんだ。
おかしいだろ。
しかし、お腹も空いているので食べないでいるのも大分つらい・・。
覚悟を決め、勇気を振り絞りその料理を口元に運ぶ。
・・・・・・・・・・・・うん、不味い。
味が濃いとか薄いとかの問題はすでに通り越して変な味がする。なぜこうなる?
「まずいのう~」
リアはこうは言っていたがよっぽどお腹が空いていたのかもぐもぐ食べていた。空腹は味覚を凌駕するということだろう。
だが、ティオは違っていた、まずいなど一言も言わず黙々と食べているのだ。まさかこれが美味しいと感じてしまう特別な舌の持ち主なのか! ありえない。
気になり注視していると、ティオの目元に輝くものが見えてきた。
・・・お前って奴は、無茶しやがって。心の中で敬礼した。
フレイヤはいつの間にか忽然と姿を消していた。
「ルナよ、何をした?」
口に残るルナ特製野菜炒めの風味を水で流し込み、眉間にしわを寄せ問うてみる。
「何って、普通に野菜炒めを作ったんだけど」
「普通に作ってこんな味になるわけがないだろう」
「ちょっと、隠し味にチョコとコーヒーを加えただけよ」
「初心者が隠し味なんて洒落たことしてんじゃねーよ!」
「うるさいわね、コクを出そうと思ったのよ!」
「野菜炒めにコクなんか求めてないんだよ! 余計なお世話だよ!」
「つべこべ言わずに黙って食べなさい、残したら殺すわよ」
ルナはそう言うとそっぽを向き、今にも吐き出しそうになるのを必死で我慢して自分の料理を食べている。
俺も途中何度もリバースしかけたがお母さんに食べ物は残してはいけないと教えられているので頑張って食べました。フレイヤの分もまとめて・・。
食後地面に倒れ吐き気と必死に戦っている俺の目の前にフレイヤが現れた。どこかで、普通に美味しい料理を食べてきたのだろう、満足そうな顔をしていた。
羨ましい。
きれいな星空の下、ルナ、フレイヤ、ティオ、リアはテントで就寝し。
俺は馬車でおっさんと一緒に寝た。いびきがうるさくてなかなか眠れなかった。
第十三話 END