第百三十九話 仇 ②
「こうなった以上、彼女の意思を優先すべきでは?」
姫様はリアにこのまま好きにさせるべきと考えている。
「そうしてどうなったか忘れたわけじゃ無いだろ」
この女達が陛下の街に攻めてきた時、リアの両親が殺されて同じ様な状況に陥った。
逃げろと身を挺して娘を守った親の言葉も無視して我を忘れてリアは向かっていって返り討ち、そして両翼を切り落とされた。
そのせいで今のリアには翼が無くそこには痛々しい傷だけが残されている。
「じゃあ無理矢理にでも止めますか? 『復讐は諦めろ、今のお前じゃ殺されるだけで無意味だ』とでも言って?」
「死ぬよりはマシだろ」
「それは何も分かってない他人の言葉、気持ちという部分を無視したただの正論です。復讐なんてしても死んだ者は戻って来ない、無意味、復讐なんかより将来の事を考え生きるほうが良い、時間の無駄。そんな事したって誰も喜ばない、自己満足、どれも当たり前の事であの子だって理解してるに決まってる。復讐には負の要素しかないと理解しながらもあの子はそれを選んだ。死すら厭わない、それほどの決意がどうやって固められたか少しは考えてから言いなさい」
あの後ひたすらに泣きじゃくる姿にどれほどの無力感に苛まれたことか。
小さく震える背中を見て仇を取らせてやりたいと思った。
だからこそ退くべきだ。
「負けたら意味がない、今のまま戦ったって勝ち目は薄い」
あいつらは強化されている。
身体に刻まれた刻印から俺の心臓が生み出す魔力を分け与えられている。
それによって身体の全部位に最大の魔力を流して全身を強化し並外れた力を得ておまけにそれが永続的に持続する。
一度やりあったときは初め互角以上で渡り合う事は出来た、だが向こうは常時魔力が供給されてこちらは消費していく一方、徐々に押し込まれて結局撤退を余儀なくされた。
「そんなの百も承知です、あれの馬鹿げた力は私だって目の当たりにしたんですから」
「じゃあ・・」
「私は勝てなんて言ってません、あの子の好きなようにさせろと言っているんです。好きなようにさせてあの子があんな風になる程までに内に溜め込んだ憎悪を少しでも発散させてあげるべきです。でないとそのうち私と同じように個人への恨みで留めておくべきものを全体への恨みに変えて取り返しのつかない馬鹿をするかもしれませんよ」
リアを見る姫様の目はいつもの鋭いものではなく悲しさを帯びている。
「あんな目にあっても尚人間に優しくできるところ、正直見ていて不快でしたが今はそこがあの子の美点なんだと思う自分もいる。だから今のあの子の在り方を歪めない為にも逃げずにぶつかるべきと私は考えます。当然危険を伴う、でもそんなの私達でどうにかしてあげればいい」
「姫様が仰るのならオレはあの子娘に全力で協力してやるよ、敵の女は気に食わないし本当は殺してやりたいが今回は抑えてお守りに集中してやるよ」
自身の剣を呼び出し既に臨戦態勢の女騎士が前に出てそれから俺に聞く。
「お前はどうする? 壁は多い方が良いんじゃないか?」
俺らは壁か・・まあその役割は得意ではある。
「守るに決まってる」
俺と女騎士でリアの前に出る。
「お主等、邪魔するつもりか?」
威圧するような低い声。
今のリアは復讐しか考えていない、それを邪魔しようとする奴も敵として容赦なく排除しにかかるだろう。
「馬鹿、逆だ。テメェの殺しに協力してやるんだよ」
「ああ、あいつの攻撃は俺達で凌ぐ。だからお前は何も考えず思いの限りをあいつにぶつけろ」
「馬鹿みたいに暴れて溜め込んだものを吐き出しなさい! そしてそれが済んだら約束なさい、今後は自分の命を軽んじないと。あなたが居なくなってしまうと悲しむ者がこっちには一名いるんですから」
その一名は間違いなく俺なのだろうが本当に一名か?
「姫様は?」
「わ、私は全然悲しくありません! 全くこれっぽっちもね!」
「クラリスはわしが嫌いか・・・」
リアのしゅんとした声。
「え、ちょっと、そんなに落ち込みます!?・・・・・・・あ〜もう! 嘘です、本当は私も悲しいです! ほんのちょっぴりですけどね! これで満足ですか!?」
「ふふっ、お主らのお陰で少し頭も冷えた、感謝するクラリス」
「そうですかなら良かったです、ふんっ!」
らしくない言葉を言ってそれに感謝を告げられた事で照れてしまったのか姫様が顔を赤くしてそっぽ向く。
敗者の寄せ集めの俺たちではあるがこの瞬間はリアの言うような仲間になれた気がした。