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第百三十七話 少女とドレビ草 ⑥

本当の事を伝えれば引いてくれるかもしれないがそれはつまり父親の悪事を伝えることと同じ、今後のことも考え気が引ける。

なので気にせず淡々と作業を続けることにした。本人は全力で阻止しようとしているのだろうが所詮は子ども、掴むその手を振り払うのなんて容易だ。

理解できないかもしれないがこっちは正しい事をしているんだ、仕方ないと心を鬼にする。


「それがないとリットンが死んじゃう!!」


知らない人物の名前が出たがどうせおっさんが適当な嘘でも吐いているのだろう。


「この草じゃ人は救えない、だからもう諦めてくれないか?」


心を鬼にしてもやはり小さな女の子を泣かしている状況というのは心地が悪い。


「人じゃないもん魔族だもん、だから救えるもん!」


「・・・・は?」


慌てておっさんがミナに駆け寄り口を塞ぐ。


「違うっ! この子はまだ人と魔族の違いがちゃんと分かってないんだ!」


それが必死の言い訳だと分かる、おっさんは嘘が下手だから。

しかしそんな下手な嘘でも必死こいて吐かなければならない、そうしないといけない世界だから。

魔族だけでなく魔族を庇うものも今のこの世界では狩りの対象、うっかりミナが語った言葉は聞くものが聞けば死へと直行という危険な言葉。


「落ち着いて下さい。あなた達が魔族と関係があったとしてもこちらは誰にも何処にも言うつもりはありませんから」


そんな言葉だけではおそらく信用は出来ないだろう、だから信用を得る為に手っ取り早い方法、こっちも狩られる側だという証拠を見せる。

どう見たって普通じゃない魔剣を呼び出しそれで腕に切り傷をつける。

初めは「あんた何をっ!」と驚くおっさんだったが傷口が消えて行く様を見て言葉を失った。


「実は自分こう見えて普通じゃないんです。どちらかと言えば人間よりも魔族寄りなんであなたが警戒するような連中とはこっちも関わり合いになりたくないんです」


「あんた魔族なのか?」


「そんな感じだと思ってもらえれば・・」


「じゃあ・・」とおっさんは姫様やリアを見た。


「ええ、私は正真正銘魔族です」


「ワシもな!」


二人ともそれぞれ魔族の証であるツノやら牙やらをあっさりさらけ出す。

それを見たミナが目を輝かせている。


「リットンと同じだ! じゃあ病気の治し方も分かるよね!」


そう言って案内されたのはずっと奥の部屋、隠されるようにして存在するその部屋のベットの上で少年が一人眠っている。






リットンとは魔族の少年。

世界がこうなる前、まだ人と魔族が一応共存できていた頃に母親と二人でこの町に住んでいた。

おっさんとリットンの母親はどちらも愛する人を亡くし一人で子供を育てているという共通点を通して親しくなりどちらかが忙しい時は子供を預かったりしてお互い助け合って暮らしていた、ミナとリットンも半ば家族同然の環境で育っていった。

しかしそんな平穏は唐突に崩れ去った。

姫様の反乱によって魔族は恐怖の対象であると思い出した町の住人は彼女達を迫害し始める。でも当初そんなひどい事をするのは大して関係の無い二人の事を知らない他人だけ、たとえ魔族であろうと二人の人柄を知っている人間は庇いさえしていた。

だが状況は悪化、魔族は殺すべし、そんな世の中になって魔族を庇う人間にも平気で刃を向けられる。

魔族を助けるという事は命懸け、庇っていた人たちにも家族が居てやっぱり自分や周りの安全の方が優先される、命を懸けてまで他人は救えない。結果としてリットンと母親の周りからは誰も居なくなる。

おっさんもその中の一人、ミナの事が心配で距離を置いた。

幸いというべきか世が変わってもこの町の住人の中には人の形をした存在を自分の手を血に染めてまで殺す勇気を持った者はおらず二人は生きていた、生きていたが殴る蹴るの暴力によってゆっくりと殺されてはいた。


「本当は助けたかった、助けたかったんだ、でも怖かった。敵の多さを知ってるから勝ち目がないどうしようもないって分かる、だから俺は自分の身可愛さに二人を見捨てた、家族同然だなんて口では言いつつもいざとなれば簡単に他人になれたそんなどうしようもない人間だ」


最低だ、とおっさんは自嘲する。


「でも子供は違う、いくら関わるのを止めろと言ってもミナは聞かなかった。毎日のように俺に隠れてリットンのところに遊びに行くもんだから周りの連中に目を付けられたんだろう、そして俺もミナも魔族の仲間だって言いふらされて嫌がらせが始まった」


家にゴミを放り込まれたり無視されたり汚い言葉を浴びせられたりとおっさんが受けた仕打ちはどれも陰湿なものばかり、いじめみたいな仕様もない事を大の大人が町ぐるみでしている、世界が違っても人はちゃんと人らしく存在している。


「俺はいい、ただミナには辛い思いをさせたく無かった」


おっさんは奥で懸命にリットンの看病をする娘の姿を見て辛そうに顔を歪めた。


「だから・・・」


周りに弾かれてしまった現状を変えるには再び受け入れられるような何かが必要だ。

自分もあなた達と一緒なんだと言葉で説得しても所詮口だけだと聞き入れない、だから行動で証明する他ない。

周りの望みに答え周りが喜ぶ事をする、それを満たす行いは周りと同じ色に染まる事。


「殺した」


涙ながらに自白した。

その直後、女騎士がおっさんの首を締め上げる。


「姫様、殺しても?」


いつもの怒りとは質が違う憎しみを孕んだ怒りだ。

はい、と言われれば迷い無くそうするだろう。


「止めなさい」


姫様は止めた。


「ですがこいつは━━━」


「止めなさいっ!」


鶴の一声、ピシャリと放った一言が空気を振動させる。その圧力に負け女騎士も手を離す。

姫様がここまでして人間の命を守るのは正直意外だった。


「あなたが殺した、多分それはあなたの中では事実なんでしょう」


姫様は静かな怒りを含んだ声色でそう言った後に「でも」と付け足した。


「正確には“見殺しにした”の方が正しいのでは?」


目を見開く、それが事実だと表情が語っている。


「あなたに殺すなんて選択取れると思えない、正直言ってあなたどう見たって弱そうですもの。そんな重責を背負うくらいなら町から出で行く方がずっと楽、そういう人間でしょう? けどあなたは今もここにいて見た限り嫌がらせもされていない、どうにかして周りの信用を回復して普通の暮らしを取り戻した。それなのに魔族を匿っている、魔族の味方をした時の仕打ちを知っているのに再び危険を冒している。そんな馬鹿な事をする理由は命なんて物を差し出されたからでは? それをあなたは止めずに見殺しにした」


おっさんはその場に崩れ落ちた。


「・・・自分の命を使ってくれと頼まれた、自分を殺せば俺達の立場も元通りになると、もちろん断ったさ。でも、このままじゃ無駄死にしてしまう、自分の命と引き換えにお願いだから息子だけは助けてと泣いて懇願されてどうしていいか分からなくて何も言えずにいたら自分から毒を飲んで死んだ、一瞬の事だった何も出来なかった」


血が滲むほど強く握った拳を床に叩きつける。


「俺が言葉を掛けてやれば! そんな事しなくても俺がどうにかしてやると言ってやれる勇気が俺にあれば助けられたかもしれない! 周囲のクソみたいな人間の目を気にする俺の弱さが彼女を殺したんだ。酷いことばかりする人間に加担して優しくしてくれた魔族を見捨てる、自分の醜さに吐き気がしてこんな、俺みたいな醜い奴が受け入れられる世界なんていかれてると思った。死ぬほど後悔して決めたんだ、彼女の死を利用してでも彼女の願いを叶えると決めた」


おっさんがリットンの母親の亡骸を見せれば魔族の仲間なんて思われなくなる、そしてリットンについては適当に町から追い出したとでもなんでも言っておけばいい、嘘をついたって疑われない、だって絶対的な証拠を、魔族を排斥しようとする町民の誰にも出来なかった魔族の死を証拠として掲示しているのだから。


「お父さんをいじめないで!」


ミナが突然おっさんと姫様の間に入ってきた。

泣き崩れるおっさんと険しい顔の姫様、それが子供の目にはいじめているように見えたのだろう。


「ミナ違うんだ、この方達は悪くない。悪いのは俺━━━━」


「━━━私です、ごめんなさい」


おっさんの言葉を遮り姫様が謝罪を口にする。


「私、勘違いしてたみたいです。これまでのあなたやお父上に対する非礼を謝罪します」


あの姫様が人間に頭を下げた。

ミナはポカンとその姿を眺める、それから「頭を上げて」と肩を叩く。


「・・・お姉さんちょっと怖かったけどちゃんと謝ってくれたから許してあげる! みんな仲良しなのが一番ってリットンのお母さんも言ってた、だから私達も友達になろう」


そう言ってミナは小さな手を差し出した。

仲良し、それは姫様としては受け入れ難い言葉、だからその手を取るべきか少し迷っている。

一方ミナは握手のつもりで出した手をなかなか握ってもらえないから「友達、嫌?」と不安な顔を、それを見て悪いと思ったのか姫様は躊躇いがちではあるが人間の手を取った。


「これで満足ですか?」


「うん!」


ありがとうと子供らしく太陽みたいに眩しい笑顔を浮かべる。でも彼女は最後まで笑っていられる無邪気な少女ではなかった。


「どうしてみんなはこんな簡単な事出来ないのかな?」


小さな呟き、きっと見てしまっていたのだろう。

子供らしさを失わせてしまう残酷な光景を。



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