第百三十六話 少女とドレビ草 ⑤
「とはいえ諦める俺ではない」
見限ったように見せかけ実はこっそりおっさんが仕事を終えるまで待ち家まで尾行する事にした。
姫様と女騎士は疲れたと先に宿に戻り後をつけるのは俺とリアの二人。
俺は面が割れているので主導するのはリア。
「任せておけ!」と自信ありげに飛び出したかと思うとおっさんの真後ろ、それも鼻先すれすれの位置に張り付きやがった。
全速力でリアの襟首を掴みおっさんに気づかれる前に引き離す。
「なんじゃ順調にいっておったのに!」
そんなふざけた事を言いながら頬を膨らませる。
あれは追跡者の間合いではなく暗殺者の間合い、すぐ真後ろで何者かの息遣いが聞こえておっさんが恐怖で後ろを振り返れずにいただけで決して順調ではなかった。
その後リアと役割を交代、警戒したおっさんがしばらく後ろを気にしたり変に複雑な道を通るようになったがどうにか見失わずに家までたどり着いた。
一階建ての普通の家、何不自由なさそうな住まいを持っている。
外から見るだけではおっさんがどんな闇を抱えているのか想像も付かない。
あの見た目だけは人の良さそうなおっさんが人を殺そうと決意するほどの闇、状況次第では考え直す可能性もある。
例えばとんでもない悪人に脅されていてそれに耐えきれなくなったとか。
殺しによって解決するのは良くないが俺が言えた義理じゃない、だから見極めるという意味も込めてしばらく監視させてもらう。
「ここがあの人間の屋敷ですか?」
張り込みを始めてすぐ何故だか宿でぐっすり就寝しているはずの人物の声がする。
「クラリス、何故お主がここに!?」
因みに女騎士もしっかり背後に控えている。
「少し気になったからですよ」
「気になったって、あの人が誰を殺すのか気になったって事か?」
「いいえ、私が気になったのはどう使うのかの方です」
「どうって人殺し以外に使えないって自分が言ったんじゃないか?」
「今現在あれを人間が使うとしたらその使い方以外はしないと思ってましたから。でも実はもう一つ使い道があるんですよ」
「もう一つの使い方?」
「ええ、なのでそれを確認するためにも行きましょうか」
姫様は堂々と正面玄関へと向かって行く。
慌てて止めようと手を伸ばすと女騎士がそれを阻止、様子を見るというこちらの方針を無視して玄関の扉をコンコンコンと軽快なリズムでノックする。
「どちら様でしょう・・・か」
来訪者の中に知った顔、つまり俺の顔を見つけて数秒固まりその後すぐ勢い良く扉を閉めようとするも開いた扉の隙間にはすでに女騎士の足が入り込んでいて閉まりきらない。
「おい人間、こっちは話を聞きに来ただけだ痛い思いしたくなけりゃ今すぐ扉から手を離せ、私の足が挟まれて痛むんだよ。これで使い物にならなくなったらどう落とし前つけるつもりだ?」
勝手に挟まれにいった女騎士が怒りを剥き出しにしておっさんを脅している。
やってる事は反社会的集団のそれ。
姫様にどうかこの馬鹿を止めてくれと視線を送る、するとにこりとこちらの意図を汲み取ってくれた。
「キアラ、脅しなんてみっともない真似はやめなさい。その程度、あなたなら簡単にこじ開けられるでしょう?」
全然汲み取ってくれてなかった。
「承知しました!」
おっさんの必死の抵抗も虚しく女騎士は馬鹿力を発揮して扉を破壊、そのまま家の中へと侵入して行く。
「く、来るなっ!」
おっさんが震える手で構えた剣を姫様に向けている、その背後に隠れるようにしてミナがいた。
「ご機嫌よう」
姫様はおっさんを無視して優雅に挨拶。
「お前ら何なんだ! 賊か? 言っておくが金目の物なんてここには何もないぞ!」
「貴様ぁ! 姫様を賊扱いとは許せん叩き斬って━━━」
「すいませんキアラ、少し黙っていて貰えます?」
「ははっ!」
女騎士をいつにもなく真面目な声色で黙らせる。どことなく様子がおかしい気がするがそれよりも先に状況説明が必要だろう。
だいぶやり過ぎてしまったが本来の目的はドレビ草の回収、そのためにこっそり後をつけてきた事を伝える。
「あったぞ!」
今まさに調理されているドレビ草をリアが台所で見つけた。
あれだけ言ったのにやはり使うつもりだったらしい。
さっさと全部回収して立ち去ろうと事を進めていたのだが突如背中を弱々しい力で引っ張られる。
「持っていかないで・・」
涙ぐむミナの姿がそこにある。