第百三十四話 少女とドレビ草 ③
ミナもいきなり自分が話題に出されるとは思っておらずおまけに怖い顔で睨まれたこともあり怯えている。
「此奴はミナ、わしらが向かった先で偶然出会い仲良くなった」
リアの説明を受けても納得なんてしない、おそらく姫様が聞きたいのは何故人間をこの場に連れて来ているのかという事だろうから。
「早く他所にやって貰えません?」
「そうはいかん、わしはミナと約束をしておる故それを果たすまではな」
「約束、何ですかそれ?」
「お主らが採って来た草をミナに分けて欲しい」
「嫌です」
即答、人間とはいえ相手は子供、さすがの姫様といえど少し譲るくらいはしてくれると思っていたのだが予想が外れた。
瞳に涙を溜めた女の子にも全く容赦が無い。
「別にええじゃろ! それだけあるんじゃから」
「ダメです。これは私の努力の結晶、それをこんな(人間の)子に渡すなんて絶対にお断りです」
「なんと大人気ない、姫とも呼ばれるものがここまで狭量とは情けないと思わんのか!」
「お〜も〜い〜ま〜せ〜ん〜! 今の私は姫じゃなくただの娘、上に立つ者としての資格も誇りも失った平民、なので誰にどう思われようが自分のやりたいようにさせて戴きます」
どうしても欲しいリアと絶対に渡したく無い姫様の意地の争い。
どちらも意地っ張りな性格上なんだか長くなりそうな予感がしたのだが意外な事にあっさり幕引き。
睨み合いの最中姫様が突然諦めたかのような顔をして視線をリアからミナに移す。
「そこの、私が採って来た物が欲しいという事ですが用途を答えなさい」
「ようと?」
「どう使うのか聞いているのです」
「それは・・・知らない、お父さんが必要だって言ってたのをこっそり聞いただけで・・」
若干気になる間があったのを姫様は見逃さない。
「嘘ですね本当のことを言いなさい」
「嘘じゃ━━━」
「そうですか、じゃあこれだけは聞いておきます。使うのはあなたの父親なんですね? あなたの父親がこのドレビ草が必要だと言った、そうですね?
「うん」
「いいです分かりました、その父親は使い方もちゃんと分かってるんでしょう、だった譲って差し上げます」
「・・・え!?」
「どれくらい必要なんです? 好きなだけどうぞ」
打って変わってにっこり笑顔で女騎士に指示を出し草がこんもり入った籠をミナの前にドスンと置く。
「いい、の?」
さっきまであれほど拒否していたのにこの変わり様、当然喜びよりも先に警戒が出る。
「ええ、先程からそう言っているじゃありませんか。ああ、あと忠告ですけどつまみ食いなんてしちゃ駄目ですからね、それと帰ったらちゃんと手を洗うように」
どう考えたって怪しい、怪しいがミナは意を決して手を伸ばす。
何故だか自分を嫌う相手の不自然な優しさ受け入れてしまう程にそれが必要だったらしい。
両手一杯に抱え感謝の言葉を告げ何度もお辞儀をして去っていく。
「突然考えを改めたのはどうしてだ?」
姫様と言えどさすがにあの子に危害を加える意思はないはず、あの草の中にとんでもなく危険な物を混ぜているみたいな事はしていないだろう、だからやり取りを黙って見守っていたのだが突然の心変わりの理由は気になる。
「どうして?ってそんなの善意に決まってるじゃないですか。私が採って来たものをぜひとも有効活用して欲しいだけです」
「そうだっ! 姫様はあの草を使って人間同士を争わせようなどと考えていない。完全完璧に善意からの行動、それを疑うというのなら今ここで貴様を叩き斬ってくれる」
女騎士の擁護のようであってただの暴露にも聞こえる言葉を受けて疑いは確信へと。
「・・・争わせようと考えているのか?」
「馬鹿、キアラの大馬鹿」
うっかり者の従者のせいで思惑が露呈した事で姫様は開き直る。
「ええそうですとも何か文句ありますか!」
「あるに決まってるだろ!」
「わ、私だって本当はあんな子供に渡すつもりありませんでした、もっとそれっぽい人間に流して使わせようかな〜なんて思ってたんですけどどうやら使うのは父親、だったら別にいいかなって・・だいたいあの人間の子に渡せと言ってきたあなた達でしょう、つまりあなた達の責任です!」
「そんな危険な物だって知らなかったから仕方ないだろ!」
「知らなかったはただの言い訳にしかなりません、他者にどうこう言う前にまず自らの無知を恥ずべきでは?」
全くもってその通りだちくしょう。
「わしはミナを危険に晒してしまったのか?」
責任のなすりつけ合いを繰り広げている最中リアだけは一番に女の子の心配をしていた。そんな姿に俺と姫様は毒気を抜かれる。
「さあどうでしょう? 危険かどうかはあの子の周りにいる人間によるとしか言えませんね」
「ていうかそもそもあれはどういう効果があるんだよ?」
「あれは単純に毒です。体内に入れる事によって人間を死に至らしめるありふれた毒草の一種、無味無臭でとっても料理に混ぜやすく毒のまわりも遅いので目的の相手にそれを混入した料理を振る舞ってもその場で倒れられて変に疑われるような事もなく二日三日経てば勝手にどこかで死んでいる、そんな草です」
「それだけか? 毒以外の使い道はないのか?」
そうじゃないとおかしい。
だってそれが毒以外の使い道が無ければこの依頼は“人を殺す為の準備を手伝って欲しい”というのと変わらずちょっと知識がある奴には怪しまれる、それを依頼として出すとは考え難い。
しかし姫様ははっきりと言い切る。
「ありませんよ、これは人間にとって毒にしかなりません。必要とする者は人間を殺そうと企んでいるとしか考えられない物です」
とのこと、じゃあミナの父親は誰かを殺そうとしている?
そしてこの依頼の主も。
こんなものを依頼として受理するなんてどうなってるんだ、俺が言うのもなんだが知らなかったで済まされる事じゃない。
いや待て、そもそもこんな依頼あったのだろうか?
よくよく考えてみればこの依頼は俺が掲示板を見て選んだものじゃなく受付のおっさんにおすすめだと言われ見せられたもの。その際、おっさんが掲示板の方に向かって行くのは見たがそこからずっと一挙手一投足を注意深く見ていたわけじゃなく普通に余所見していた。
本来掲示板に無い依頼を混ぜるなんて簡単に出来ただろう。
これは少し疑ってみるべきかもしれない。