第百三十三話 少女とドレビ草 ②
町へ戻るとすぐさま手を洗う。
邪悪を払う為に入念に指の間から爪の間までしっかりと、しかしここまでしてもほとんど臭いは落ちない。
「すまんのう、わしの連れが臭くて」
「ううん、平気・・」
鼻を摘むリアと鼻を摘まず涙ぐんでいるミナのやりとりが遠巻きに聞こえる。
一体誰のせいだと喉まで出かかった言葉を飲み込み無心となりて手を清めていると「おい」と後ろからドスの効いた声の持ち主から肩に手を置かれた。
理由は簡単に想像付く、臭いからだろう。
この世界に来てから一度も無かった荒くれ者に絡まれイベントが遂に発生してしまった様だ。
やれやれ、昔の俺ならここで逃げるか謝るかしていただろうが今の俺は強い、来るなら来いという面持ちで振り返る。
「俺に何か用ですか?」
思った通りの厳つい顔した筋肉が目に入るがおそらくそれだけだろう。
こちとら力と技術を兼ね備えた師匠とやりあってきたのだ、力だけの筋肉ダルマに負けるわけがない。
その男は緩慢な動きで懐に手を入れる。
凶器でも取り出すつもりか? 良いさ何でもやって来い、どうせ俺は死なな━━━!
なんと男が取り出したのは小瓶、その中には透明な液体が。
嫌な予感がした。
ただの凶器であればそこまで気にしない、単に人を殺すだけの手段は俺には通用しないからだ。
しかし液体は毒という可能性以外にもうひとつ聖水という可能性を考えてしまった。
不死のような魔のものを消滅させるものとして聖水が使われるのは良くある事、突然如何にもな液体を取り出された驚きで対応が遅れた俺はそれが手に降りかかるのを止められなかった。
「穢れを払ってやろう」
直後男はそう言った。
やばいやばいやばい! こいつ俺の正体を知っている!?
俺が不死だと知って殺す為に何らかの対策を講じた聖水を振りかけやがったんだ!
かけられた液体をすぐさま洗い流そうと焦燥に駆られ手を必死で洗う、しかし効果はすでに現れていた。
消える、消えていく、俺の・・・臭いがっ!
「これは、一体?」
「イビルテガによる症状を抑える薬だ」
「・・・えっ?」
どうやら勘違いしていたようだ。
敵意剥き出しみたいな怖い顔してるからてっきり・・。
「君だろう私が出した依頼を受けてくれたのは。近頃は魔獣が近場に異常に出るようになって来たしこの花はこんなだからなかなか受けてくれる奴がいなくて困ってたんだ、自分で採りに行く時間も無かったし助かった」
「いえ・・」
「採って来てくれた花は集会所の受付に渡しておいてくれ、報酬もそこで貰えるはずだ。じゃあな」
「あ、はい」
口数は少なくぶっきらぼうで筋肉で怖い顔だがお礼も言ってくれたし臭みも消してくれた、案外良い人だったようだ。
ありがとう、素敵なマッチョメン・・・筋肉ダルマなんて思ってすまない。
無事に手から放たれる邪悪が払われ俺たちの距離感も普通に話ができる程度の距離までには回復、他愛無い会話をしながら姫様達が戻ってくるのを待つ。
「遅いのう、彼奴らならわしらより先に戻っていてもおかしく無いというに」
リアの言う通り、あの二人ならこの辺りの魔獣程度に遅れは取らない、それにこっちは途中ミナが加わり彼女に合わせてゆっくり帰って来た、先に戻っているとすれば向こうのはずなのに未だに戻って来ない。
「何かあったのかも知れない」
ミナの手前はっきりと言葉にはしないが俺の言う何かとは本物の狩人に襲撃された可能性を言っている。
「様子を見にいくか?」
不安そうにしているリアにどう答えるか迷う。
本当に襲われているなら今更助けに行ったところで無意味だろう、それはただ危険に飛び込んでいくだけの行為。
出来ればやめておいた方がいいのだがあの二人を仲間だと思ってるリアはそれを良しとしないだろう。
止めたところで最終的には一人でも向かってしまう未来が容易に想像できる。
リアを危険に晒すわけにはいかない。
「分かった、じゃあ俺が━━━━」
そう言いながら立ち上がろうとしたところで戻ってきた。
「見て下さいとんでもない収穫です!」
嬉しそうに姫様が女騎士が背負った籠を指差す、そこには山盛りの草が。
明らかに必要分以上採って来ている。
「採り過ぎでは?」
「別にいいでしょ? まだまだ沢山残ってましたし」
「いや、そんなにどうするんですか?」
「どうするって、必要分は渡してお金にして残った分は自分で使います」
「使う? ああ、そういえばその草について何か知ってる風でしたけど何か有用な使い方があるんですか、それ?」
仕事に出る前の姫様の様子を思い出した。明らかに何か知ってるようだった。
「ありますよ、知りたいですか?」
「はい」とうなずく。
「なら先に私の質問に答えてもらってもよろしいでしょうか?」
姫様の質問? 今更何を聞くことがあるのかと疑問に思いつつも了承。
「ではお聞きしたいのですけど、それは何ですか?」
姫様が指差したのはミナ、それも大層不機嫌そうに。