第百三十二話 少女とドレビ草 ①
何度目かの戦闘を終えようやく目的の物、イビルテガという名前の真っ赤な花が群生している場所に辿り着いた。連戦に次ぐ連戦、あれだけやる気に満ち溢れていたリアも思った通り今ではすっかり疲れて木に寄りかかってうとうとと目蓋を上下している。
「後は花を回収するだけだから頑張ろう」と必死で説得したのだが初め少し手伝っただけ、結局回収作業はほぼ全て俺一人で行う羽目に。根から慎重に回収するとても面倒な作業、花は少し触れるだけで赤い液体を出して気持ち悪い、一応手袋は用意されていたが寝息を立てるリアから奪い取るのも気が引けて結局手を液体塗れにしながらもシャベルひとつで全てをこなす。
全部終えて少し休憩していると突然、緩みきった空気を一変させる事態が!
「だ、誰かっ!」
女の子の叫び声、俺とだらけきっていたリアもすぐさま立ち上がり声の方へと向かう。
魔獣に追い詰められ今にも殺される寸前でどうにかリアの魔法が間に合った。
「怪我はないか!?」
放心状態の女の子にリアが問いかける。
「・・・え、あ、うん、大丈夫」
転んだのか足を擦り剥いてはいるがそれ以外に目立った外傷は見当たらない。
「お主一人か? 他には誰かいないのか?」
「うん、一人」
「子供一人で何故こんな危険な場所までやってきた馬鹿者め!」
女の子のあまりに無謀な行いにリアが怒って声を上げる。
「お主は身内を失い住処を奪われた魔族というわけでもなかろう、町を追われる事も無いはずじゃろうが」
ここに来るまでそういう魔族の子供達を見た、人目を避けて暮らすしかなく辺境へと足を踏み入れ魔獣によって命を落とした子を。
一緒にされがちだが魔獣は魔族の味方じゃない、本能に従って生きる獣だ。話は通じず出会えばその瞬間に互いに生存を賭けた争いが始まる要するに弱肉強食の関係、魔族であれ力のない子供は餌食となる。
当然のように安全な場所で生きられる人間の子供がこんな危険な場所までわざわざ出歩いているのが命を粗末にしているようでリアには理解出来ず少し厳しい口調になってしまったのだろう。
そのせいで女の子は「ごめんなさい」と泣いてしまった。
慌てて「言い過ぎた」と謝るリアとそれに嗚咽まじりで「大丈夫」と返す女の子、その場で暫く「すまん」と「ううん」の応酬が繰り広げられるのを俺は暖かく見守った。
「お主名前は何という?」
泣き止み落ち着いたところで質問する。
「ミナ」
「ミナは何故こんな場所に?」
「薬草が必要なの」
「薬草?」
「うん、ドレビ草っていうの」
聞き覚えのある名前に俺とリアは顔を見合わせる。
「それは確かクラリス達が取りに行った草の名前じゃなかったかの?」
「ああ」
「ならば丁度良い、奴らが無事採って来たら必要な分お主にも分けてやるから今日はもうわしらと一緒に帰るぞ、良いな」
「でも・・・良いの」
ミナは不安そうに俺たちの表情を窺う。
突然現れた奴らをいきなり信用するのも無理な話だろう、それに子供にしてはかなりしっかりしてるし申し訳なさも感じているのかもしれない、こんな子を安心させるための方法を俺は一つしか思いつかない。
「大丈夫、お兄さんに任せとけ!」
そんな言葉と共に太陽の様に眩しい満面の笑みを送る、すると余計に不安そうな表情に変わった。
・・・・・何がいけないと言うのだ。
「さあ行くぞ」
リアに背中を押され二人は仲良く帰って行く。
ショックで固まる俺を放って・・。
その帰り、なんだか手がおかしい事に気付いた。
かぶれて痒く、そして物凄い異臭を放っている。
原因はおそらくあの花イビルテガだろう、手袋をせず直接触ったのが良くなかった、だがそんな後悔しても今更、耐えられないほどでも無いし帰って手を洗えばどうにかなるだろう。
しかし症状は悪化していくばかり。ただそれには偏りがある。
痒みはさほど変化しないが臭いが恐ろしい事になって来た。
例えるならそれは夏場に数週間放置した生ゴミのよう、とにかく耐え難い。
いっそ手を切り落としてしまおうかとも思ったほどだがたかだか臭いでそれは、と踏みとどまった。
不味い、前を行く二人に気づかれた。
リアは臭いと直接口撃、ミナは複雑な表情で精神に訴えかけてくる。
いつの間にか俺たちの距離が大きく開いていた。
ああ、俺の手が邪悪に染まっている。