第百三十話 醜い争い
港町コルデア、大陸の北西にあるその町に到着してすぐ危機に陥っている。
「腹が減った・・・」
リアの悲痛な叫び、だが誰も相手にしない。
相手にされなかったのが気に食わなかったのかはたまたそう何度も連呼しないといけないほどの緊急事態なのかもう一度「腹が減った」と今度はさっきより大きな声で訴えてきた。
そしたら姫様がブチ切れた。
「うっるさいですねっ! お腹が減ったのは貴方だけじゃないんです! ここにいる全員が同じ状態でそれでも黙って歩いている何故だか分かりますか?いえ分かりませんねじゃあ教えてあげますお金がないからです、ただ彷徨い歩いているだけで報酬を得られるような事を何もしていないのだから当然の事、つまり食事なんて摂る事はできない進む先に食事処が見えて嫌がらせの様に食べ物の香りがしても私達は通り過ぎるしか出来ないのです、だから黙って歩きなさい良いですね!」
怒りの長文、俺たちの現状は怒涛の勢いで姫様が語った通りの状態。
数日前から食材が尽き腹ぺこの状態でこの町に辿り着いた。
その原因は前の町を出てから次の町へ着くまでに色々と寄り道をしたせいで思った以上に時間が掛かってしまったから。
俺たちは今浮浪者の様な生活をしている。町を訪れそこで適度に仕事をこなし報酬を得てそれで次の街に着くまでの食材を買う。一応どれくらいで到着するかという情報も得ていたのだが色々あって大幅に予定よりも遅れ用意していた食材も尽きてしまってこうなった。
しかし正直言えばお金はない事はない、一応一人分くらいの食事代はある。空腹で倒れそうな状況で仕事なんて危険だし先に腹を満たすと決めそこらの店に入る。
どこの町でも基本魔族お断りな所ばかりなのだが幸運にも俺達は皆見た目は普通の人間と変わらない、リアは姿を変えられるし姫様と女騎士は口の奥の方に鋭く尖った牙があるがよく見ないと気付かない、魔力を測られたりしなければ問題ない。
難なく席につき注文、料理が盛られたお皿が一つ机に運ばれてきてそれを四人で取り囲む。
「どうします?」
眼光鋭く料理を見つめながら姫様が聞く。
注文したのはみんなの希望を受けて肉、均等に分けるには向かないステーキ。
どう切り分けるか、姫様は頭を悩ます。
「そんなの決まっておる、早い者勝ちじゃ」
周りのことを考えがっつきたい欲望を抑え冷静に努める姫様を嘲笑うかの様にリアのフォークが風を切る。
グサリとお肉の中心を突き刺し黄金色の肉汁を滴らせながら半分くらい喰いちぎる。
「あ、あ、ああ・・・」
放心状態の姫様の前でくちゃくちゃと音を立てて肉の味を堪能するリア、そしてゴクリと飲み込み最後に「美味い!」と一言。
町の食事処で一触即発の危機に陥った。
「貴様ぁ! 姫様より先に手をつけるなど何たる不敬、そこに直れ首を撥ねてくれる!」
「待て待て、我らは対等と言ったのはクラリスじゃろう、不敬も何もあるま、い━━━!」
リアが屁理屈を止めとんでもない光景を目にしたかの様に大きく目を見開いた。
その光景は確かに衝撃的だ、だって普段強気な姫様が食べ物の事くらいで涙しているのだから。
「う、嘘じゃろ!?」
あのリアが困惑している。
「・・・・よくも姫様を泣かせたな、許さん!」
とかなんとか言いながら女騎士は横目でちらちらと姫様の顔を覗き見てはにやけ顔、主人の珍しい姿をここぞとばかりに堪能してやがる。
流石に見てられない、というか場所も考えず騒ぐので人目を集めて俺が恥ずかしい。
「やめやめ」と落ち着かせリアから残った肉を救出、そしてそれを「まだ半分残ってる、後は全部食べて良いから」と姫様に差し出した。
「良いのですか・・・」
潤んだ瞳で聞いてくる、それに首を縦に振って答える。
これで俺と女騎士は食事抜きだが別に良い、女騎士だって姫様の為なら当然喜んで自分の食事を差し出すに決まっている。
「あの、私の分は?」
・・・・・まじかこいつ?
女騎士が物欲しそうに肉を見つめる。
「いやお前は我慢しろよ」
「何故だ? 私も腹が減っている。貴様はその小娘の粗相の埋め合わせとして食事抜きは当然だが私は違う」
「お前の大事な姫様がお腹空かして泣いてんだぞ?」
「それは心苦しいが私の腹も食べ物が欲しいと泣いている」
「泣いているって言ってもこの二人ほどじゃないだろ。俺とお前は道中ちゃんと食べてたんだから!」
「「えっ!?」」
姫様とリアが同時に驚く。
それから「どういう事ですか?」と怖い顔で問い詰められるがこれは食材を隠し持っていてこっそり食べていたわけではなく食材を現地で調達していただけ。
襲ってきた魔獣を仕止め解体し食べられるかどうかも分からないその肉をただ火で炙り食していただけ。
俺はそういうのに慣れてるし女騎士も無駄にワイルドでゲテモノだろうと気にしない、若干の毒は含んでいたが死に至るほどの毒性は無いと教えてやるとその程度なら気合でどうにかすると迷わず口にしていた。
なので俺たちは実はさほど腹は減っていないのだ。
「成る程そういう事ですか。ですがキアラだってちゃんとした物が食べたいはず、ですのでここは半分こにしましょう」
「姫様、ありがたき幸せ」
そういうところはちゃんとしている姫様、尚、俺の分は無い模様。
俺だって本音を言えばちゃんとした物が食べたかったのに・・・。
シュンと肩を落とす俺、するとそんな俺にリアが声をかけてきた。
「そう気を落とすな、お主にはこれをくれてやる、それでも食べて元気を出せ」
握られたリアの拳が開かれるとそこにはぐちゃぐちゃになった添え合わせの野菜たちが。
どうやらこっそり確保していたようだ。
俺はそれをありがたく頂いた。