第百二十九話 後悔と懺悔と無邪気さとお馬鹿の集い
夜が明けようとしている。
これだけの惨劇の後も空には変わらず太陽が昇る。
空からの光のせいで少年の痛ましい姿もより鮮明に見え始めてきた。さすがに堪えるので地面に埋めてあげることにした。
自らの手で土を掘り返す、どこともわからない森の中というのが申し訳ないが俺は少年の事を何も知らない。
どこかの馬鹿が均衡を崩してしまったせいで犠牲になったという事以外は。
「まだ気にしているのか? 別にお主一人のせいじゃなかろう、というかむしろお主も被害者じゃろうが」
俺の浮かない顔が目に入ってかリアの優しく慰めるようにそんな事をを言う。
魔族であり、今まで一緒にあらゆる惨状を目にし経験した彼女にそんな事を言わせているなんてどれだけ情けないんだと自らの頬を強く叩いて気持ちを入れ替える。
「ごめん、もう大丈夫」
満面の、とはいかないがそれなりに微笑んで返しリアと一緒にせっせと作業を進める。そうしていると二人組の足音が。
「こちらに来た方々は一人残らず殲滅しました」
そんな報告をしながら二人は少年の遺体を見て足を止めた。
「助けられなかったのですか?」
「すまない」
そう答えるとそれ以上は何も言わずに慈しむように頭を撫でる。それから「良く頑張りました」と一言。
どこか上品さを感じさせる所作に凛とした立ち居振る舞い。それもそのはず、その者は魔界では姫様と呼ばれ傍に騎士を侍らせる高位の存在。
とはいえそれはもう過去の称号、大規模な反乱を起こした末に敗北し魔族を今の苦境に陥れた責任からか姫様らしい傲慢さは失ってしまっていた。
ただ彼女に仕える女騎士は変わらない、右手を失ってはいるが忠誠は以前のまま。
「すまない? 姫様を悲しませてそれで済むと思っているのか!」
そんな風に前みたいに食ってかかって来るが止められる。
「やめなさいキアラ、この子の命の責任の所在を問うならまず責められるべきは私です」
「何を仰いますか!? 姫様は虐げられし同胞のために立ち上がり力を尽くされた、それを誰が責められましょう?」
「ですが結果はより酷くしてしまっただけ。想いはどうあれ結果だけ見れば大罪を犯したも同じ、責められて然るべきなのです」
姫様も俺と同じく罪の意識に苛まれているようだ。
空気が重くなる、罪悪感を抱えた奴が集まるとこんな空気になりやすい。こんな時に救いとなるのはリアだ。
「だーもう! うじうじと情けない! そんなに罰せられたいのならこの中で唯一ただの被害者であるわしの命令に従え!」
悪い空気を払うかの様に力強く声を上げる。
「なんですか、命令って?」
首を傾げる姫様、そんな彼女に向かってニヤリと笑みを浮かべる。
「暗い話は今後一切禁止、笑え」
「笑えって・・・あなた現状を理解してます? 私達に呑気に笑ってられる余裕なんて微塵もないでしょう? 特にあなたは・・・」
「わしは暗い顔をして生きるより笑顔で明るく生きる方が好きじゃからな。それに何よりそう生きる事を父上や母上が最後に望んだ、わしはそれを叶えてやりたい。だがわし一人ではいつまでも維持するのが難しい、だからお主たちにも手伝え」
そう頼まれると誰も反論できない。
「あなたの言うことに従うのは癪ですがまあいいでしょう、後悔をいくら口にしたところで意味はありませんし。まあ、面白くもないのに笑ったりはしませんが」
人間界の魔王の娘と魔界の魔王の娘、リアは昔人間側についた魔族の娘で姫様にとっては許せない裏切り者。以前の姫様であればろくに話すらすることなく排除しようとしていた存在。そんな相手の言葉に一応ではあるが耳を傾けるその変化の要因は自身の罪の意識からなのだろうがそれ以外にも長い時間共に過ごしリアをただ裏切り者の子という括りでまとめるのではなくちゃんとリアという一人の魔族として見るようになったからかもしれない。
「うむ、それで良い。改めてよろしく頼むぞクラリス」
「貴様っ! 姫様の名を軽々しく口にするな!」
一人空気の読めない女騎士が怒鳴り声を上げる。
「名は口にする者じゃろうが? 親に付けてもらった立派な名前があるのじゃ、いつまでも肩書きで呼ぶのは違うじゃろう。それにわしらはもう仲間、仲間とは互いに名を呼び合い助け合い共に困難に立ち向かっていくもの、じゃろう?」
「仲間だと、高貴なる姫様が貴様達のような低俗な者共と仲間? はっ、笑わせる、思いあがるのも大概にしておけ。貴様らなど使い捨ての兵と同じそんな消耗品と姫様が仲間であるはずないだろう馬鹿共め。いいか、理解していないのであれば教えてやる、姫様と貴様らの違いというやつを。それを聞いて畏れ敬え膝をついて━━━ぎゃっ!?」
女騎士キアラを雷が襲う。
「申し訳ございません、キアラの言うことは無視してもらって構いません」
「ひ、姫様、何故!?」
「言ったでしょう、私はもう姫などと呼ばれる立場にありません。それなのにあなたはいつまでも・・・そもそも魔界での私の立場など表では一切関係ありません。ここにいる者はみな対等、身分の違いなどありません、いいですね?」
「し、しかし、このような連中━━━━」
「良・い・で・す・ね?」
笑顔による脅し、女騎士もさすがに観念した。
「とは言え私たちが仲間、というのは納得しかねますが。私達の関係は単に同じ目的を持ち利害が一致した協力関係、仲間とは言い難い」
「同じ目的に共に挑むのじゃから仲間じゃろう?」
無邪気さを前面に押し出し笑うリアを前にして「はぁー」と大きなため息を漏らす姫様。
「もう良いです、あなたには何を言っても通じる気がしません」
姫様もまた観念した。
アルセリア、フレイヤ、ルナ、仲間だったはずの者とその身内から刃を向けられどうにか撤退し
俺とリア、それとおまけで二人が陛下の城へと無事帰還を果たしたあの日、あれから一年くらいが経っただろうか。俺達はこんな感じでなんとかやっていっている。