第百二十七話 狩人
「はぁはぁはぁ」
暗闇の森の中に大地を踏みしめ駆ける足音と少年の荒々しい呼吸音が響き渡る。
とうに限界を超えているであろう必死の形相、それでも足は止められない。
足が止まった時、それは死を意味するから。
少年の背後、沢山の松明の明かりがずっと追いかけてきている。
一人一人が武器を手にした狩人、それもたちの悪い生き物を殺す事に楽しみを見出した輩達。
そして獲物に選ばれた少年は今現在弄ばれている。
後ろから放たれた魔法が少年の脇をかすめる、すると聞こえて来るのは的に当てる遊びで外してしまった時のような笑いを伴った落胆。
その者達にとっては遊び感覚、逃げ回る的が生き物で命中すれば命を落とす危険性もあるが殺してしまっても問題がないどころか賞賛までされる相手、おまけに反撃の危険性もないせいで遊び道具として扱われている。
適度に距離を開けて魔法で相手を狙う。こんな狂った遊びが開始されて数十分、少年も疲弊し動きも緩慢になってきた。
機敏に動く的からゆっくり動く的に、こうなってしまえばいくら下手糞といえども当てられる。
そしてついに狩人の一人が放った矢のような魔法が必死で逃げる少年の足を貫く。
「ぐっ!?」
派手に転んで身体中傷だらけに、貫かれた足からは血が噴き出し痛々しい。
しかし、そんな痛みすら凌駕するのが死の恐怖。少年はもはや動かす事すらままならない足を引きずってでもどうにか逃げようと地面を這いずるが遊びはもうお終い。
「やった命中! 今回も俺の勝ちだから分かってんな?」
「ちっ、またかよ」
一人が悪態を吐きながら懐から硬貨を取り出して“勝った”であろう人物に差し出す。
こんなやりとりが今でも必死に生きようともがく少年の後ろで行われている。
「で、こいつどうする? もう動けなさそうだが」
一人の男の大きな手が少年の頭を乱暴に掴んで持ち上げ仲間に聞いた。
晒された少年の瞳は琥珀色、そして尖った牙と爪を持ったその少年は所謂魔族と呼ばれる存在。
「なかなか根性もあるしいい労働力になるとは思うがこの怪我じゃもう使い物にはならないだろ。こんなの所有してるとこがバレて捕まったら割りに合わん、とっとと殺して然るべき場所で金に変える」
リーダー格の男の言葉、誰も異論はないようだ。
「でもこうさっさと殺すのも勿体ないな。前捕まえた魔族の女、結構金になりそうだったし。せめて奴隷として持ってる分には大目に見て欲しいもんだ」
「魔族は生かしておくと危険なんだよ、俺達が相手してるのは女かガキだからさほど脅威は感じないがこいつだって少し成長すればお前なんて片手で殺される、だから奴隷にしたってそう長くは使えないしさっさと使い潰すしかない。気に入ったのをいつまで手元になんて不可能だからな」
「わ、分かってるよ!」
魔族には生きる権利すら与えられていない。
見かけたら殺せ、それが出来なさそうであれば即通報、そうすればすぐ魔族を処理することが出来る人間が駆けつける。
短い間ではあったが魔族による支配を経験したことで人間は疑念を抱かずそれを行う。
「じゃあ、ちょいと心は痛みますが殺しちゃいますか」
少年を乱暴に放り投げ下卑た笑いを浮かべる。
選んだのは魔法による殺し、止まった的に間近くからではあるが先程散々外した憂さを晴らすには事足りる。
仰々しく頭上に手を上げ「あばよ」と吐き捨てたそれが男の最後の言葉。
森の奥、闇の中から飛び出してきた剣が男の心臓を貫いた。