第百二十五話 突入⑨
魔法名すら口にする事のない多重展開、火、氷、風、雷、そして身体を癒す光、分かるだけでも五つの魔法が今この瞬間同時に行使されている。
魔法名を口にしない事自体はそう珍しい事じゃない、よほど頭の固い者を除けば慣れれば誰にだって可能な範囲。しかし、同時使用の方ははっきり言って異常だ。
例えるなら右手で文字を書きながら左手でキーボードを操作するみたいなもの、そしてそれが二つの魔法の同時使用の場合の例え、今彼女が行っているのは五つ、要するに右手右足、左手左足、そして頭部でそれぞれ違った作業をしているような理解不能の状態で俺では決して真似出来ない。
「まさに化け物だな」
アルセリアでさえそんな意見が漏れ出る状態。
ただそこに諦めのようなものは感じ取れないのが少しだけ気にかかる。
さっきまでとは違い遠距離に特化した戦い方、突風の中に混ぜられた無数の氷の槍、手から放たれる大小様々な炎の球、あらゆる魔法の嵐がアルセリアとルナを襲う。
ルナの方は自分の身を守るだけで手一杯、勢いが全く衰えない嵐のただなかで必死に過ぎ去るのを待つしか出来ないといった状態。
一方でアルセリアはこの嵐の中を突き進む、その中心にいる敵へと向かって。
そうやってかろうじて中心へ到達したアルセリアを持っているのは雷を帯びた刀身による一振り、剣で受けるだけでもただでは済まなないと一眼でわかる雷撃を撒き散らす凶悪な一撃。
どうにか避けたが追撃によって結局スタート地点まで返されてしまった。
戦いは一方的、ルナとアルセリアに勝ち目があるようには見えない。
このままじりじりと追い詰められていきやがては死ぬ。
陛下の怒りも分かる、でも俺はルナに死んで欲しくもないし兄を失う悲しみを味わって欲しくもない。
どちらにも属さずどちらにも中途半端に関わった所為で迷いが生じる。どちらか一方しか見なければ迷わずそちらに味方できただろうに・・・。
今の俺は卑怯かもしれないがどちらにも嫌われたくないと思ってしまう、だがそれは無理そうだ。
「・・・馬鹿野郎」
思わず溢れたそれはこの戦いに干渉すると決めた自分自身に対する悪態。
黙って見ているのが一番賢い選択だろうにそれを放棄しあえてどちらにも嫌われる可能性のある道を選んだ。
「やめて下さい」
そう言って陛下の前へ飛び出す。
いきなり飛び出したせいで何発か氷が体に突き刺さるがそこで一応攻撃の手は止めてくれた。
「邪魔ですよ、そこを退いてください」
「すいません、出来ません。あそこにいる奴の1人、妹の方は俺の仲間なんです、そいつが殺されるところなんて見たくない」
「見逃せと?」
「まあ、はい」
「ふざけないで! 魔族の情けなんて受けない!」
俺の後ろでルナが吠えるがそれは無視する。
「殺す以外の道をどうにか━━━━」
「無理なお願いです。魔族を滅ぼすなどと堂々と口にする人間はここで仕留めておかなければ事態は取り返しのつかない事になる恐れがありますから」
「そこはどうにか話し合いで━━━━」
「話し合いなど無意味」
そう言い切ったのはアルセリアの方。
「人と獣では話になんてならない」と挑発気味に言って人の頑張りを無駄にしやがる。
さすがに頭にきて「ちょっと黙ってろ」と文句を言おうとしたのだがその前に「時間稼ぎご苦労」と感謝を告げられた。
その次の瞬間、無数の鎖が何もない空間から現れた陛下を搦め捕る。
「こんなものっ!」と力でどうにかしようと試みるもただジャラジャラと不快な音が響き渡るだけ。
よほど頑丈らしい、いかなる魔法を受けても傷ひとつつかない。
「良くやった」
アルセリアそれを行なった誰かを労う。
その言葉が向けられた先に立っていたのは俺も良く知る人物だった。