第百二十四話 突入⑧
滅ぼすしかない、アルセリアのその一言が口火となった。
初めに仕掛けたのはアルセリアの方、動いたというよりは消えたと言った方が適切な速度で陛下の首を落としにかかった。
アルセリアの手に握られているのは刀、形状こそ師匠の物に似ているがあちらは黒色。勝手な印象ではあるがどこか禍々しさを感じてしまう闇を思わせる漆黒。
それを陛下は簡単に受け止める。
「その程度」
アルセリアの一撃は陛下にとってそんな感想しか出てこないもの。
速さも力も人間の常識を超え並みの魔族すらも凌駕しているレベルではあるがその程度、魔族のおよそ頂点にいる彼女にとっては相手にもならない。
軽く弾き返し無数の斬撃を叩き込む。
俺との訓練の時とはまるで違う。
当然だ、あの一撃一撃には怒りという感情がこもっている。感情は時に危険を招く要因にもなるが同じくらい力にだって変わる、ただでさえ強い陛下が更に力を得ている状態、手合わせした事がある俺からすれば勝ち筋なんかを考えるよりどう生き残るかしか考えられない、そんな状況である事は簡単に想像が付く。
現にアルセリアは押し込まれている、表情にも余裕がない。
それでもどうにか受け切れているのは流石としか言いようがない、あの女騎士を容易に退けられたのも納得の実力の持ち主。
ただ、あの強さの秘密が実験とやらの成果であるなら賞賛はできないが。
すると突然陛下が攻撃の手を止めた。
「自らを弱者と言うだけはありますね、守りにかけてはさすがと言わざるを得ません」
皮肉なのか本当にその点だけは本当に感心しているのかあの陛下が言うとどちらなのか判別しづらい。
「それはどうも、弱者が強者に勝つには隙をつくほかない、その瞬間が訪れるまで何としても生き残らないとならないのでね」
肩で息をしながら答える。
どう見たって一杯一杯、そんな姿を見ていられなかったのだろう、睨み合う二人の間に一つの影が割り込んだ。
「こんな化け物の相手兄さん一人に任せられない、私も戦う!」
ルナが間に入り剣を構える。
「家族愛ですか。あなたが何をしたかはっきりしていない以上殺さぬ程度に無力化するべきなのでしょうがその男の思想は危険すぎる、ならばその身内もここで絶っておく方が後々の為になる。そこに立つ以上、容赦はしませんよ?」
陛下の殺意はルナにだって変わらず向けられる。
「魔族に屈するくらいなら死んだ方がマシ!」
何言ってるんだあいつ!?
ルナの実力は知っている、強い、とても強い・・・が、それでも女騎士と打ち合える程度。その女騎士に圧倒的に勝利したアルセリアがこれなのに無謀としか言いようがない。
二体一ならどうにかなるとでも? アルセリアが受けつつルナが攻める、そうすれば勝機があるとでも?
あり得ない、だって陛下はまだ本気じゃない。
攻めつつも相手の動きを警戒している、いつ何が起きてもいい様に守りに意識の大部分を向けている。
相手が弱者であろうと油断をしない、手の内を見尽くしてから安全に確実に殺しにかかる。
陛下の一番の要である魔法を使わないのはそう言った理由だろう。不安要素を残したままで派手な魔法を使って視界を悪くするのを避ける為、そこからの不意の一撃を警戒してだ。
ただおそらくもう決め時、だから手を止めた。
アルセリアにあるのは卓越した剣の技術だけ、あわや死という極限状態であろうとそれ以外は見せなかった。
死んだ後では秘策も何も無意味だというのに出さないという事は何もないんだと陛下は判断した。
「ならば二人まとめてこの場で葬って差し上げましょう」
陛下が踏み出す、次の瞬間には手にした剣がルナの頭上から振り落とされる。
慌ててルナも剣で受ける姿勢を取るが俺には剣ごと両断される結末以外見えない、だってルナが手にしているのはそこらで売っている様な安っぽい剣、アルセリアの持つ物の様ないかにも業物といった特別感がまるでない。
低級の魔物と戦うためのもので魔族と戦う事を考慮に入れたものであるはずがない。
このままでは仲間が死んでしまう。
しかし、今更割り込むのは不可能だった。
落ちて来た陛下の一撃は剣ごとルナを真っ二つに━━━━━━━。
いや、受け止めた!
陛下の一撃をしっかりと受け止めている。
剣も無事、体勢も崩される事なく。
何故そんなことが可能だったのか、理由はすぐに明らかになった。
「非情になりきれない、それがあなたの隙だ」
ルナの背後からアルセリアが刀を突き出す、それは陛下の腹部を貫いた。
「私であれば今頃有無を言わさず両断されていただろうがただ私を庇いに来た妹に対しては冷酷に徹しきれなかった様だな」
「ぐっ・・・」
「あんな力のこもっていない一撃では殺せるはずもない」
陛下はルナを殺すことに抵抗を感じ力を緩めた、その結果防がれた。
ルナが無事であったのは喜ぶべきことだがこうなれば今度は陛下の方が気がかり、このままあの男に殺されるなんて事俺は認められない、それだけはなんとしても阻止すると固まっていた足を動かそうとしたのだがすぐに固まった。
陛下につけられた傷が淡い光とともに消え去る、それから、冷気と突風が巻き起こり床を凍てつかせる、陛下の武器を持つ方の手は雷が走り、もう片方の空いた掌の上では炎の玉が燃え盛っていた。