第百二十三話 突入⑦
「驚きです、完全に気配を遮断していたというのに」
言葉では驚いたと言っているがその表情は全くの別物。
「弱者であるが故の警戒深さのおかげだ・・・と言っても気付くのが遅かったようだ。そんなに怖い顔をしないでくれたまえ」
陛下は間違い無く怒っているというよりもそれ以上の感情を、憎しみを向けている様に俺の目には見えた。
「大きな魔力の消失を感じもしやと思い転移を試してみたのですが思わぬ場面に居合わせてしまったようです」
本来この場所への転移は出来なかった、だからこそ俺は突入作戦を実行したのだがおそらく俺が障壁を壊した事で可能になったのだろう。
それで陛下がこの場所に来てくれたのだろうが少々おかしな状況に様子を伺っていたのかもしれない。そしてさっきの話を聞いてしまった。
「何故私が貴方達人間に側についたか理解していますか?」
「勝ち目がないと悟ったからでは?」
「魔族を守る為です。降伏すれば不必要に命を奪う事はせず虐げもしないと盟約が為されたから裏切りを決め同胞に武器を捨てるよう説得した」
なのに貴方はそれを非道な実験という最悪な方法で反故にした、とあの聖人のような陛下から憎しみ籠もった声が。アルセリアという男はそれだけの事をしたのだ。
背筋に冷たいものが走る、それが陛下から出される殺意によるものなんだと俺でも理解できてしまうくらい際限なく溢れ出てこの場所の空気を侵していく。
「これは少々まずい状況か」
そうは言うがこれだけのものを受けてもアルセリアの表情は涼しいまま。
殺意の暴風の最中、俺なら早々に平伏してしまう状況で風に逆らい平然としている。
異常だ、本当に人間なのか疑いたくなるレベル。
「私を殺す気か? それはつまりあなたも約束を反故にすると言う事だが、構わないのか?」
嘘だろ!? この状況でアルセリアは謝罪をしない。
寧ろ挑発とも取れるような発言をする。
「構いません。貴方は魔族に害を為した、その時点でもうその範疇にはいない」
「過保護な事だ。人に害を為す魔族には目を瞑っているくせして」
「思い違いです、私は人に害為す魔族に対しても同じ様にします。調和を乱す芽は例外なく刈り取る、私はそうして来ました、彼女と共に作り上げて来たものを壊したくなかったから」
二人が作り上げたものは完全では無い。
人と魔族の間にはまだ溝があり平和とは言い難い世の中だ。しかしどちらも存在できてはいる、本来突き進むはずだったどちらか一方の絶滅という結果から外れ一応の共存は出来ていた。
そんな世界を維持する為に一体どれほどの努力をして来たのか俺には想像は付かないが恐らくそれは途方の無いもの、だからこそそれを壊そうとするものが許せ無い。
「調和か・・・ふっ、馬鹿な事を」
湧き上がる笑いを必死に堪えアルセリアが言う。
最大限の侮蔑、陛下と、そして師匠のやって来た事全てを踏みにじる一言。
「君達のした事はただ問題を先延ばしにしただけだろう、調和など初めから成ってはいない、勝者と敗者が出来上がった時点でそんなものはあり得ない。勝者は敗者を見下し、敗者は勝者を妬む、どんな小さな事でも感情があるものの争いにおいて綺麗な形での決着など絵空事、それが自分たちの生活に直結した事なら尚更だ。唯一の解決方法は二つに分けない事、真の調和とは完全に一つにまとめる事だと私は思うがね」
睨みつける様な陛下の視線はどこ吹く風でアルセリアは更に続ける。
「人と魔族、勝者と敗者、これは相容れない。同じ箱に存在すれば必ず争いが生まれるのだから無くしたいのであればどちらかを取り除くしかあるまい。それが後世のため」
滅ぼすしかない、とアルセリアは最後に強い口調で言い放った。