第百二十ニ話 突入⑥
「私の行いが火種となったのは認めよう、しかしそれは本来すぐに消え去る程度のもの。周囲を飲み込むほどの力は持たずひとりでに燃え上がりひとりでに燃え尽きる。誰かがそこに薪を加えなければ」
誰か、なんて曖昧な言葉を使っているがその目は明らかにこちらを捉えお前が犯人だと視線で伝えてくる。
「知ってるんですか?」
「ああ知っている、君の心臓が魔族に強大な力を与え今の状態を生み出した、大勢の人間が苦しみ死んでいく今の状況を」
恨み言を叩きつけられるのか罵られるのか、あるいは物理的に怒りをぶつけられるのか、何をされても文句は言えない。
俺が元々この世界の住人ならばまだ言い訳のしようもあるが俺はこの世界にとっての異物でそんな奴が浮かれ気分で軽率な行動をして関係ない世界を滅茶苦茶にしたのだ。そんな相手が憎いと想うのは当然の事。
だからどんな言葉であれ攻撃であれ受け止めると覚悟して目を閉じる、が、やって来たのは笑い声。
「私は別に責める気はない、むしろ感謝しているんだ」
「・・・感謝?」
「ああ、君が魔族に力を与えてくれたおかげで連中を魔界からこちらに引きずり出せた」
なんでそれが感謝につながる? そのせいで大勢苦しい思いしているのに。
疑問の答えはすぐに返って来た。
「魔界は人に適した場所じゃない、そのせいで攻め入る事も出来ずにずっと魔族を放置することになったが向こうから来てくれた今ならば手は出せる、今こちら側にいる魔族を全て殲滅すれば同族の大半を失いあちらに残っている者も自然と消滅していくだろう」
「では今私達が魔界へと戻れないのもお前の仕業か?」
「その通りだ、姫様。人間界から魔界への移動を封じさせてもらった。君達はもう逃げ帰る事は出来ない。それを理解したからせっかく得た力の大半を守りに使っていたのだろう」
まあ、それも今は壊れてしまったがと嘲笑。
「人間風情が・・」
「そうやっていつまでも人間を下に見ていたからこうなったんだろう。我々は魔族より力で劣ると理解している、だからこそ恐怖しいざという時の為の努力を怠らなかった。仮初の平和の中研鑽を積み備えた、一方で君達は結界さえどうにかすればとしか考えていなかったのだろう? そこさえ突破できれば後はひ弱な人間など簡単に蹂躙出来ると?」
「くっ・・・」
「人より強く、長く生きるが故に焦りもなく、外敵のやって来ない魔界にいたせいで危機感もない、君達はいつも攻める側で危うくなれば逃げられる、そう命の危機にさらされることがないから成長しない。一度目の敗北に関しても裏切り者の所為だとしか思っていないんだろう」
「当たり前だ! 相手が人間だけなら負けはしなかった」
「と言っているが、どうなのかな?」
アルセリアはそう言うと何もない所に視線を動かす。
どこに向けた言葉なのか言った本人以外分からず皆一様に頭の上に疑問符が。
一体誰に?と聞こうとした矢先、誰も居ないはずの場所から声がした。
「負けは決まっていました」
陽炎のように空間が揺らめく、それから揺らぎの中心を縦に裂くようにして陛下が姿を現した。