第百二十一話 突入⑤
「まだ抵抗する気力は残っていたか」
アルセリアは背後からの一撃を容易く受け止める。
女騎士の一撃、それは簡単に地を穿つ程の恐ろしい威力を持っている。負傷しているとはいえ人の身で表情ひとつ変えずに受け止めるなんて出来るはずないのに彼はそれをやって見せた。
受け止めた女騎士の剣を跳ね返しそれから女騎士の武器を手にした方の手を斬り飛ばした。
あの女騎士が痛みに悶え叫びをあげる、切り口からは血がドボドボと流れ出てなんとも痛々しい。
「次に馬鹿げた事をすれば今度は君の大事な姫が痛い目を見る事になる、それが嫌ならそこで跪いていたまえ」
姫を何よりも大事に思う女騎士にはこの上ない脅し文句。
痛みと怒りが混じり合って作られる女騎士の表情は発狂しているかの如き恐ろしさを放っている、そしてその視線は一直線にアルセリアに向けられるも彼は全く動じていない。
「余計な邪魔で話が遮られてしまったな、だが自己紹介は終わっている、後は落ち着ける場所に行ってからにするとしよう」
アルセリアは姫様と女騎士に目を向ける。
「それではやるべき事を終えるとしよう」
そう言って二人に向かって歩き出す。
「殺すんですか?」
気になって聞くと彼は首を横に振って否定する。
「殺しはしない、捕らえて役立ってもらう」
「役立ってもらう?」
侵攻してきた魔族に撤退する様説得してもらうという事だろうか?
「ああ、彼女らは魔族の中でも優れている、細かく調べれば人間にとって有益な情報が得られるかもしれないからね」
それを聞いた姫様が怯えた様に体を震わせた。
嫌な予感がする、聞かない方が良い気がするが聞かずにはいられなかった。
「調べるって、何を?」
「あらゆる事さ。魔力の質、体の構造、心の動きと言ったあらゆる事」
「それはどうやって調べるんですか?」
聞くと少しだけ躊躇を見せたが一息入れてから話し始める。
「解剖したり薬を使ったり方法は様々だ、非人道的ではあるがこれは魔族という脅威から我々が生き残る為に必要な事、敵の情報は戦う上で貴重だからね」
言葉を失った。
方法があまりにも非道過ぎる。
止めるべきかと思いもしたがそんな心を見透かしたかの様にアルセリアは言う。
「彼女達は大勢の人間を殺している、それを考慮すれば仕方ないと割り切れる」
これまでに見て来たものを思い出すとそんな意見も理解は出来る、だがそれをしてしまえば行き着く先は殺し合い、非道な行いを知った魔族は憤怒し立ち上がる。
怒りは分かるが今後の事を考えるなら抑えてもっと別の方法を考えるべきだ。
「だからってそういうやり方はちょっと・・・」
「君は魔族の肩を持つのかな?」
冷たい視線、あらゆる反論を封じてしまう恐ろしさを有しているが臆するわけにはいかない。
このままではどちらか一方が消えるまで終わらない戦いに発展する。きっとそれは師匠も望まない。
「一番優先すべきは戦いを止める事でしょう、今回の侵攻の先導者である姫様達が撤退するよう他の魔族に言えば余計な犠牲も出さずに争いは終わるんじゃ?」
「という事だが、意見を聞かせてもらえるかな、姫様」
姫様はうな垂れたまま答えない。
「この通り、我々に協力する意思など微塵も持っていない。つまり君の言うような犠牲の少ない終りなど望めない」
「・・・当たり前だ」
ずっとうな垂れていた姫様が唸るような声を上げる。
「魔族を実験の道具としか見ない貴様の様な人間の言う事など聞いてたまるか」
「それはお互い様だろう」
「そちらが先に始めた。数年前、半狂乱になって私の元を訪れた魔族がいました。その者からどうにか話を引き出してみると人間に捕らえられていたがどうにか逃げ出したと、そして受けた仕打ちの数々を話してくれました。それは口にするのもおぞましいもの、その記憶にずっと苦しめられていた様でその者は程なくして自ら死を選びました」
「悪事を働いた魔族の事だろう、自業自得だ」
「彼女はそんな事する様な子じゃない!」
「それを証明することも出来まい」
「くっ・・」
一連のやり取り、色々気になるがその中で俺が一番引っかかったのはアルセリアが否定しなかった事だ。
「ずっと前からやってたんですか?」
俺はアルセリアに聞くと「ああ」と返事が。
「どうして?」
「魔族は人間より強力だ、いざという時のために備えておくのは当然の事」
「でもそれがこの状況を招いたんじゃ・・」
「そうかもしれない。まさか既に結界を破る方法を有しているとは思っていなかったからね。それはもっと先だと甘く見ていた。一体何が力を与えたのだろうね?」
まさか知っているのかと思い目を逸らしてしまった。