陛下と英雄 ④
根絶やしにする。
ただの妄言と思いたいがあの力を見せつけられた後ではそうも行かない。
魔族でも指折りの実力者である自分を簡単に切り伏せてしまう彼女は脅威でしかない。
戦場に似つかわしくない美しさ、人間離れした力、敵を前にしても落ち着き払った態度、本気で殺しに来た相手を配下にしようとする余裕、そしてそんな敵に向かって軽い口調で根絶やしにするなどと言えてしまう異常さ、何もかもが規格外。
この人物なら本当にしてしまうかもしれない
エルフェリシアにそう思わせるには十分だった。
恐ろしい存在を前にして諦め潔く死ぬという手もあるが自分が生きるため甘い囁きに耳を貸すのも生物としておかしい事じゃない。
通常エルフェリシアは前者、誇り高さ故に迷いすらなく提案を拒否し殺される方を選ぶはずなのにすぐに言葉が発せられない、この時エルフェリシアは迷いの最中にいた。
生と死の間の迷いではなく自身の誇りを捨てるか否か。
自分がここで死んだ後に起こる悲劇を誰が止められるのか考えてエルフェリシアは決断した。
「私は・・・」
ゆっくりと言葉を吐きながらもその手は再び剣を握りしめる。
「・・・お前に、降る」
「本当!?」
「ああ」
卑劣だ。
嘘を吐いたその上さらに命まで狙っているのだから。
「じゃあ決まり、あなたは手当たり次第魔族に降伏する様に言って。素直に聞き入れるならよし、そうじゃないなら多少痛めつけてでも聞かせる、それでもダメなら私が殺す、そうすればその内戦いは終わる」
嬉しそうに理想を口にしている。
エルフェリシアは今からそれを踏みにじらなければならない。
「ああ、そうだな」
同胞の事を思うなら騎士としての矜持を捨て去ってでもこの者は今ここで殺さなければならないと決意を決めた。
浮かれて背を向けたその瞬間、そこに剣を突き立てた。
あっさりとその恐ろしい相手の胸を貫く、怪物かなにかのように思えた人物は普通の人間と同じ様に傷口から血を吹き出す。
呆気ない幕引き、見事脅威を打倒したのに勝利の喜びはないどころか罪の意識だけがエルフェリシアを支配する。
「すまない、すまないすまない・・」
謝罪など意味を成さないがそれでも何度も口から出てしまう。
「私もすぐに後を追う」
自分の命を差し出す約束をする。
卑怯者一人の命では対価として相応しく無いが許してくれと生きてるのか死んでいるのか分からない後ろ姿に伝えた。
返事など求めていない独り言・・・・のはずだった。
「謝罪は不要、だっけ?」
先程の戦いでエルフェリシアが使った言葉をおよそ無事とは思えぬ状態で返してきた。
「これでお互い様、あなたも私も卑怯者だから謝る必要ない」
「なっ、どうして!?」
驚き剣から手を離す、それを相手は自らの手で大量の血を地面に染み込ませながら抜き取った。
「私は死なないし強い、これがどういう意味が分かる?」
何も答えられず驚愕していると向こうから聞きたくもない回答が。
「もし敵に運が傾いて偶然殺される事があってもやり直せる、何度もやり直してひたすらに殺し続けていつか絶対根絶やしを達成出来る」
胸に出来た穴がみるみるうちに塞がっていく、ただただ絶望的な光景だ。
化け物、エルフェリシア自身も人間から何度も言われてきた言葉、死に行く前の最後の抵抗のように何度も囁かれてきたが違ったようだ、見せつけられた力に抵抗の意思すら奪われすべてを諦めたとき口から勝手に出てくるものなのかもしれない。
「化け物・・・」
気付けばエルフェリシアもその言葉を囁いていた。
「化け物、か」
そうかもね、と一旦受け入れる。
「側から見ればそうかもしれないけど私の感覚としてはまだ違う、物騒なことを言いはしたがちゃんとそうならない方法も提示してる、有無を言わさず実行しないんだから化け物としてはまだ不完全だと思う、だから今のうちに終わらせたい、これから大量に殺して完全に化物になる前に」
「ならば戦いから身を引けば良いのでは?」
「それは出来ない、英雄なんて肩書き押し付けられて持ち上げられて今私が居なくなったら士気が下がって敗北につながるかもしれない、裏切り者とされ知人に迷惑をかけるかもしれない、色々がんじがらめで引くに引けない事情がこっちにはある、だから早く終わらせたい、長引けば長引くほど新しい命が生まれて殺す数が増えるから」
「貴様、本当に、本気で根絶やしに・・・力を持たぬ子供にまで手を掛けるつもりか!」
「それが嫌ならあなたがどうにかしてみなさい」
エルフェリシアはこうして魔族を救う為に裏切りを決意する。