第百九話 完敗
裏切りの結果出来たとはどう言う意味なのか分からずにいたが姫様の次の言葉で理解した。
「魔族の裏切り者と人の裏切り者が一緒になって出来たのが貴方でしょうに。裏切りの結晶の混血、本当に忌々しい」
汚物でも見るような目、その表現が当てはまる溢れんばかりの嫌悪感を露わにした目で見ている姿は普段の姫様とのギャップが凄すぎた。
「それは親の話で俺は別に何かを裏切った覚えはないんだが?」
「あなたのする事は全て裏切り、人に肩入れしても魔族に肩入れしてもね、そういう中途半端な存在が貴方。そして今現在貴方は人の側につき魔族の血が流れるその身で私達の邪魔をしている、これは魔族に対する裏切りでしょう?」
「違うな、俺はお前らみたいな馬鹿な魔族が行き過ぎて他の穏和な争いを望んでない魔族が迷惑被るのを止めたいだけだ、だから裏切りとは違うんじゃないか?」
「穏和な魔族・・」
「ああ、お前らみたいな魔族ばかりじゃない。姫ならそういう奴らにも気を配ってやったらどうだ?」
「ふふふっ、あはははっ!」
姫様は笑う。
一頻り笑って告げる。
「そんな奴ら死んで仕舞えば良い」
空間が凍りつく。姫様からひしひしと伝わってくるこの感覚は師匠から経験しているから分かる、所謂殺気というやつだ。
「貴方の言う穏和な魔族というのはどうせ過去の争いで人間側についた表にいる魔族の事でしょう? 私達のように裏に追いやられた存在とは別物、そんな奴らを私達と一緒にしないで貰えるかしら」
「成る程、なんかやたら裏切りに反応すると思ったがそういう訳か」
「ええそういう訳、だから貴方の言う穏和な魔族とやらもそして貴方も殺します」
どうするどうする!?
近接に女騎士と遠距離の姫様、どちらもとんでもない実力を持っている。この二人が連携すればいくらアレウスでも勝ち目はないのだが姫様は自らその優位を捨てた。
「キアラ、ここは手出し無用でお願いします」
女騎士の助けを受けず自分一人で相手すると言い出す。
当然姫様を思う女騎士は「しかし」と言い出すかと思いきやこの時ばかりは素直に引いた。
万に一つも姫様に危険が及ぶなど思っていないそんな余裕を感じる。
「ガキを斬る趣味はないんだがなぁ」
「そんな事にはなり得ませんから御安心を」
初めの一撃をどちらもなかなか繰り出さない。
アレウスは警戒から、姫様は余裕から相手の出方を伺っているといった感じだろう。
この膠着を破ったのは姫様、いくら待っても何もしてこない相手に痺れを切らしてしまったようだ。
「何もせぬまま死ぬ事を選びますか」
何かするつもりの姫様を止めようと駆け出そうとして女騎士に止められた。
「一対一の勝負に水刺すんじゃねぇよ」
頭を掴まれ地面に強く叩きつけられた事によって意識が朦朧とする、そのすぐ後、揺れる視界の中見えたのは大爆発、砂煙がしばらく周囲を取り囲む。
どうなったのか焦る気持ちでいる中邪魔するように漂い続けようやく晴れたその場所には大きな穴が出来上がっていた。
「ああ・・・」
何も残っていない。
もしかしたらという希望も許さない完膚なき破壊の痕跡。
「さすがです姫様」
「一応は魔族の血を持つ身、なのにこの程度で終わりとは、恥さらしもいいところ」
労いながら姫様の近くに寄る女騎士に嘆かわしそうに答える。
「所詮表でぬくぬくと生きてきた存在、魔界という名の裏の地獄を知らず力への渇望も捨ててしまった奴らが我々の相手になる筈ありません」
「そのようですね。これまで甘い蜜を吸ってきた分これからたっぷりと表の住人には地獄を見てもらいましょう」
仲間が殺された。
馬鹿をする理由としては十分。
魔剣をこの手に呼び静かに立ち上がる。
二人ともこっちを見ていない、音を立てず慎重に近づいて行く。
もう少し、もう少しで魔剣を姫様の背中に突き立てられる。
俺が終わらせるんだと決意し構え突き出す、その瞬間、女騎士がこちらを横目で見ているのに気付く、その顔は僅かに微笑んでいる様に見えた。
「えっ・・」
腕が落ちた。
魔剣も何も貫く事なく落ちた腕と一緒に地面に転がり消えて行く。
女騎士は少しも動いていない、これは魔法によるもの、そして使用者は姫様の方。
「一度目、あれは武器すら手にしていなかったので本気ではないと判断しましたがそれは明確な裏切りですよ」
どうやら気付かれていたようだ、気付いた上でどう動くか試していたのだろう。
「私が呼んだ存在、出来れば味方でいて欲しかったのですが仕方ありませんね」
がっかりと首を横に振り指示を出す。
「キアラ、後の始末お任せしても?」
「お任せ下さい」
姫様はそれだけ指示し突如溢れ出る足元の光と一緒に消えていった。
この場に残された女騎士は心底嬉しそうに剣を呼び出す。
「ようやくテメェをブチ殺せる、姫様に纏わり付くゴミカス野郎!」
そう言いながら早速足を切り落とすも先に落ちていた腕が元に戻って行く様に首を傾げる。
「お前不死身かよ?」
何も答えなかったが女騎士はそうだと決定づける。
そしてその後はひたすらに斬り刻まれ女騎士が飽きたところでとどめに入る。
振り上げた手、そこに黒く揺らめく炎の様なものが。
「さすがに灰と化せばお終いだろう」
出来上がった黒い炎が放たれとてつもない熱量が身体を包み込んだ。