第百八話 裏切り
あれはおそらく許可なく逃げる者、近づく者を襲う生きた防衛装置のような物なのだろう。
俺達も迂闊に近づいていれば襲われていたに違いない。
あの手の生物は深淵で飽きる程見てきて倒す事だって出来るにはできるが問題なのは相手をしているうちに中の魔族に存在がバレる事。
とことんまで警備は万全だ。
「隙がなさすぎる」
正直な気持ちが思わず口から漏れる。
「ええ、私たちにはまだまだ敵が多いですから」
背後からする女性の声に瞬時に全身を寒気が襲う。
それもそのはず、死ぬ瞬間に聞いた声、心臓へと指を突き立てられた瞬間の恐怖を呼び起こす声だ。
「姫、様・・・」
「はい」
見た目通りの可愛らしい少女の返事、そこに笑顔も加えられる事で恐怖が完成する。
そして傍にいるのは━━━━
「よう、テメェなんで生きてんだ?」
初めから戦闘モードの女騎士、その手にはすでにあの時の剣が握られている。
「ダメですよキアラ、私はお話に来たんです」
穏やかに、しかしとてつもない凄みがある。それはあの女騎士でさえ焦らせるほどのもの。
「すっ、済みません! 出過ぎた真似を」
慌てて女騎士が後ろへ下がると姫様は「さて」と仕切り直しと軽く手を打ち鳴らす。
「まずは謝罪を、あの時は殺してしまい申し訳ございません」
聞いたことのない謝罪だ、これを煽りの意味で言っているのならこっちもふざけるなという気持ちで純粋に怒れるのだがどう見たって真剣に謝っているからタチが悪い。
「しかしさすが異界の勇者様、心臓を失って尚ご無事とは」
「・・・・」
「こうしてこちらに戻って来てくださったのは再び私達に力を貸して頂けるから、ですよね?」
当然そうであると確信している目、違うに決まってる・・・のだがこれはチャンスでもある。
この姫様は純粋だ、簡単に騙す事ができるだろう。
適当な事を言って味方の振りをし心臓を取り返す、普通に入るのが難しいのだからこれが一番賢いやり方だ。
「その通りです」
そう答えると姫様の顔に満開の笑顔が咲き、その後ろの女騎士は鬼のような表情。
「私は反対です。そいつは一度姫様に危害を加えようとした輩、信用できません」
「あれはおそらく私達に至らぬ所があったからでしょう、それを正す為敢えてああいった行動に出たのです、それをあなたが過剰に受け取ったのでしょう」
「ぐっ・・」
女騎士は姫様に逆らえない、つまりこのまま作戦通りに━━━━
「分かりました、ではもう一方は如何いたします?」
女騎士の目がアレウスを捉えた。
「彼は仲間だ、手を出さないで欲しい」
冷静を装って咄嗟に嘘をつくが心は焦り散らかしている。いきなり敵に寝返るみたいなこと言い出した奴の言葉、アレウスの立場からすれば何様のつもりだと感じても仕方ない、ふざけるなと怒って無茶な事しないか心配だったがアレウスはしばし沈黙する。
「仲間ですか? しかしこの方は・・・」
姫様は言いにくそうに言葉を濁す。
「ええ、魔族ではありません、なので彼はここに置いていきます。ですが僅かとはいえ仲間だったんです、せめてこの場は見逃して貰えないでしょうか?」
「う〜ん・・」
悩む姫様に女騎士が余計な口を挟む。
「悩む必要ありません、このような忌むべき存在今ここで殺すべきです」
学習しないのか? 一体何回同じ事を繰り返すつもりなのだろう。
「そうですね」
えーと、聞き間違いだろうか? 今同意したような気が・・。
「それはどういう?」
「すいません、その方は見逃せません。この場で死んでいただきます」
「何でですか!? 彼を殺すというのなら俺は一緒には行きませんよ?」
「はははっ!」
さっきまで沈黙していたアレウスが何故だか突然笑い声を上げた。
今にも自分が殺されるかもというタイミングで何がそこまでおかしいと言うのだろうか?
「アレウス?」
心配して名前を呼ぶ、すると返ってきたのは聞いた事のない冷たい声。
「うるせえよ」
そう言って容赦無く振るわれた大剣は轟音と共に地面を穿つ、どうにか避けれたが避けなければ確実に真っ二つ、そんな場所に落ちてきた。
「どうしていきなり!?」
「いきなりじゃない、てめぇはそちら側に寝返るんだろ? だったら俺らは敵同士だ」
「違う、俺はっ!」
「違わねぇ、裏切り者が」
「裏切り者、ですか。よくもまああなたがそんな言葉吐けますね? 裏切りの結果出来た存在のくせに」
アレウスに向けた姫様の言葉の意味が俺には理解出来なかった。