第百三話 父、娘
リーベル家の近くまでやって来た。
大事なものを失ってしまった俺が入るのを躊躇うのはまだしもその家の娘が俺より足が重いというのは明らかに何か理由がありそうだ。
「ジーナさん?」
「えっ、何?」
その子の名前を呼ぶと俯いてしまっていた顔をはっと上げる。
「顔を合わせづらいとかですか?」
すると彼女は頷いて返す。
「私、ほとんど家出みたいに出て来ちゃったから・・・」
ジーナさんは魔法道具職人を志しておりそこに腕の良い人物が知っている町にいると噂を耳にし会いに行きたいと頼んだらしいが当然こんな世の中でまだ若い女性が一人でなんて許されるはずもなく結果黙って行くことにしたらしい。
そう言う経緯があるせいで抵抗があるみたいだ。
「でもここまで来たって事はそういう事でしょう?」
俺がオヤジに頼まれたのは安否確認で連れ帰る事じゃない、つまり強制はしていないので彼女がここにいるのは自らの意思でだ。
「そう、だね・・」
決心がついたのか先に扉を開いたのは彼女の方。
中にはちゃんとオヤジが居て特に驚く様子もなくいかつい顔のままで座ったまま「おかえり」と。
あまりに素っ気ない態度に俺は口を挟まずにいられなかった。
「それだけですか!? もっとこう、あるでしょう!」
泣いて喜ぶとか抱きしめるとか、せめて椅子から腰を上げるくらいはしてもいいはず。
「やかましい! お前らが外でもたもたしてるせいでそんな気も失せたわっ!」
どうやら外でのやりとりが聞こえていたらしい、入るのを躊躇う会話を。
「ただいま」
「黙って出て行ったくせに今更、などと言うとでも思うたか? むしろさっさと戻ってこいと思っておったわ。小言が溜まってしかたなかったからな」
「ごめん」
呟く声は震えていた。
なんだかとても胸の温まる光景、そこに水を差すのは非常に申し訳ないのだが俺は言うよ。
「あの〜俺からも一つ謝ることがあってですね・・」
「何だ?」
「お貸しいただいた貴重な地図なんですけど・・・・失ってしまいましたごめんなさい!」
心を込めて謝った。
「失った? そ、そうか、まあ気にするな。こうして二人とも無事に戻って来たんだ、それで十分」
「地図って?」
ジーナさんが不思議そうに聞くので答える。
「お父さんが俺が出発するときに渡してくれたんですよ、とても貴重な物だって言って地図を」
「どんなの?」
「大陸の地図の様に見えるけど指で触れるとその付近の詳しい地形も確認できるすごい地図です」
「それって・・」
彼女が知ってるかの様な反応を見せるとオヤジが焦り出す。
「もうその話はいい! それよりいつまで店にいるつもりだ? 邪魔になるから奥へ行け、食料も多くはないがあるから勝手に食べてくつろいでろ」
あからさまに話を切り上げようとしているがその理由はすぐに白日の元に晒される。
「私が作ってあげたやつ」
どうやらあれは娘に貰ったものらしいがあんな物を作れるなんて結構すごいのではと思ったがそうでもないらしい。あれはまだ未完成で大陸全ての詳細までは見れないとのこと。
触れることで詳しい地形がわかるのはこの辺りまでのようだ。
「あんなの貴重でもなんでもない未完成品なんだけど・・」
するとオヤジは頬を赤らめる。
なるほど。
可愛い娘からの貰い物、貴重品である事は間違いない。