第百二話 次の目的地へと
「ティオ!」
入り口まで戻ってきた俺たちに一番最初に駆け寄ってきたのはティオのお姉さん。
「無事、怪我してない!?」
顔と顔を真っ正面で向き合わせ目には涙を溜めて確認している。
「うん、大丈夫」
返事を聞いて心底安心した表情で強く抱きしめた。
姉妹の仲の良さを知っている分この光景を見ると胸にこみ上げてくるものがある。
どちらが欠けてもこうはいかない、ここに至るまで犠牲になった人がどうでも良いと言うわけでは無いが知った人の悲しむ姿は見ずに済んで良かったと思う、守れて良かったと心から思える。
「お二人もありがとうございます」
お姉さんは次は俺達に頭を下げる。
こんな風に真っ正面から感謝を告げられるのに慣れてない俺とは違いアレウスは「気にすんな」とどっしりした態度、人としての器の違いを見せつけられる。
「お二人が来てくれなければずっとあのままだったはずです、感謝してもしきれません」
「その通りだ。正直はじめは全く期待しちゃいなかったがまさかここまでやるとはな」
それは俺が投げ込まれた牢獄にいた男。無気力な感じだったが今は違っている。
「諦めるな、小さかった息子に言ってきた言葉だってのにそれをこの歳になってお前みたいな子供に改めて言われるなんてな・・」
「現実から目を背けるような夢見がちな言葉ですけど案外役にも立つ言葉です」
「その通りだな、あのまま死んでたら魔族のせいで先にあの世に逝っちまった息子に合わせる顔がねぇ、こんな世の中だが諦めず生きてく事にするよ」
男が無気力だった理由は家族の死にあったらしい。
戦いを挑んで返り討ちにあったか元々病気を患っていてそこに魔族の介入があったせいで必要な薬が手に入れられなくなったか、とにかく魔族が原因で命を亡くしたのだろう。
酷い光景を目の当たりにしてきたが救って喜ばれて、後には笑顔の終わりを予想していたが違った。
ティオ達の様に溢れ出んばかりの喜びを顔に出す人もいれば一方で浮かない表情の人も多からず居る。
助かって嬉しく無いわけではなさそうだが手放しで喜べない辛い経験が存在しているんだろうと今になって気付かされた。
「ここから先は他人が踏み込む事じゃない」
俺が何を思ったか読んだみたいなタイミングでアレウスの大きな手が肩に乗せられた。
「俺らは何も悪い事はしてないし俺らを恨んでる奴も居ないんだ、だから都合のいいところだけ見て喜んでも構わないだろ?」
「・・・ああ」
頷いて返すも心境は複雑だった。
♢
その後、全員で町へと向かう。
悪徳町長はすでにアレウスによると口を塞がれさらに身体も縄できつく縛られているとの話だ。
こいつの家でティオが持っていた特別な魔導書を見つけて怪しく思い俺だけ残りアレウスには隠れて様子を伺ってもらっていたがそれが見事に上手く行った。
「よう、帰ったぜ町長さんよ」
町長宅を訪れたアレウスの第一声がこれ、そして口を塞いでいた物を取り除くと同時にその口から吐き出されたのは「申し訳ない!」という謝罪。
「随分な変わり様じゃねぇか、俺が一人で来た時はお仲間と一緒になって偉そうに何だかんだとやかましく言ってたくせによ」
なるほど。
町長以外にも同じ様に縛られた人がいるがそういう訳か。
アレウス一人だからと強気に出てしまった者達の末路、全員見事な赤い腫れを顔に作り縛られている。
「仕方なかった、町を守るためには魔族に従うしかなかったんだ! あれの言う通りに人を捧げなければこの町はお終いだった!」
訪れた人間を騙し生贄とする事で安寧を保っていた、この町の人はそれを知って何も言わなかった。
下手に抗えば自身の身が危うい、他人より自分を選ぶのはおかしな事じゃない。
ただ罪の意識もあったからあからさまに歓迎もせず関わらないでいる事を選んだ。
「分からなくもないがテメェらのせいで死んだ人間もいるってのは理解してるか?」
「その点に関しては言い訳しない、理解している」
そして「悪いことをしたと思っている」と辛そうに顔を歪める町長に向けて振るわれたのは拳なんて生易しいものではなく大剣。
相手を真っ二つに切り裂くかの様な勢いで振るわれたが町長の体を通り抜けたのはそれが巻き起こした髪を揺らす程度の風だけ、しかし、もたらされたのは暴風の如き恐怖。
「自分が救われたいだけの謝罪なんてやめろ、今そんな事したってお前みたいな奴はどうせすぐに忘れる。取り返しのつかないことをした事も忘れてあっさり普通の暮らしに戻って行。本当に悪いと思ってるなら永遠に恨まれて待ち受ける結末を黙って受け入れるべきじゃないか?」
「アレウス、もうそのくらいで・・」
いつもと違い怖さすら感じる。
「一番に恨むべきはこんな事をさせた奴だろ?」
「・・・ああ、そうだ、すまん」
アレウスは大剣をしまって外へ出て行ってしまった。
「な、何だあの男は!?」
力が抜けてへたり込む町長、そして「私だって被害者だというのに」ととても小さく呟いたのを俺の耳は聞き逃さなかった。
「俺だって許したわけじゃない、そういうのは迂闊に口にしない方がいいと思いますよ」
ティオ達をあんな目に合わせた相手、多少の怒りくらいはあるが俺に何かする資格は無くそのまま後にする。
残った問題はこれからどうするか?
助けた人達をこの町に置いて行くのは色々と不安な気がするのでみんなまとめてエレボスに、俺がこの世界に来て最初にたどり着いた町へと向かう事にした。
ティオが転移魔法陣を準備してくれ今すぐにでも移動出来る、もちろん強制はしない。
それぞれ向かいたい場所もあるだろうし。
それに俺も一度寄るべきところがある。
色々よくしてくれたオヤジ、リーベルの娘を捕らえられた人の中で発見したので連れて行く必要がある。
その子は一人で大丈夫だというが話がある、というか謝罪だ。
託してくれた貴重な道具を失ってしまった謝罪、こういうのは任せるのではなく直接会ってするべきだと教育されている。本音を言えば怒鳴られたく無いので逃げたいのだが・・。
というわけでそれぞれ思い思いの場所に向かう。