第九十九話 救出⑦
目の前で起きているのはさながらゲームでラスボスが第二形態へと移行するかの様な原形を留めていない変化。
バキバキ、グチャグチャと聞き慣れない音を響かせて人の姿を捨て去る。
最後に残ったのは魔としての側面、凶暴性に振り切れた魔獣の様な存在。
「くはははっ! 貴様らはもはや道具としても扱わん、何の役にも立たずただただ無意味な死をくれてやる」
咆哮のような笑い、そして人間味を無くし獣が無理矢理作っているような輪郭の曖昧になった言葉、それらの要素がこちらの相手に対して抱く人間のような魔族というまだ対抗できそうな認識を破壊し絶望へと置き換えていく。
「おいおい、まじかよ・・」
強気だったアレウスの口から漏れる、さすがに驚きを隠せないようだ。
人間の頭をすっぽり覆ってしまうであろう程に大きくなった手にはさらに鋭利な爪まで用意され、そんな凶悪なものが付いている腕も見るからに強化されている。
そしてこの類の変化は大抵一箇所にとどまらないのはもはやお約束、腕の後には脚部、その後に胸部と全身筋肉武装されてしまっている。
「醜い」
この状況でそんな事を口に出来るほど馬鹿でイキリな命知らずは俺を含めてこっちには居ない、つまりそれは向こうから出た言葉だ。
「本当に醜い。こんな姿1秒でも長く晒していたくは無い。だからさっさと・・」
直後声の発生源は俺のすぐ側まで到達、そして「死ね」という囁きと共に繰り出された尖った爪の行き先はティオの身体を真っ直ぐに捉えていた。
それなりに鍛えられたはずの動体視力ではあったが俺が咄嗟に取れた行動は何かの主人公のようにカッコ良く一撃を弾くでもなくティオを抱き抱え危険から守るでもなくその身を犠牲にしてどうにか食い止めるという方法。
胸元に大きな穴が作られ、それでも動ける身体で剣を振り敵を一旦後ろに退かせる。
「面倒な」
憎々しげにこちらを睨みつける。
師匠に鍛えてもらえたおかげで全く反応出来ない絶望的な状況だけは回避出来たがあくまでもその程度、勝ちにつながるものじゃない。
数ターン延命出来ただけでそのうち全滅は免れないだろう。
死んでもやり直しが効くのは俺だけ、ティオもアレウスも死んでしまったらそこでお終いだ。
それだけは避けなければならない。
「二人は逃げてくれ」
「えっ?」
突然の提案にティオが驚きをあらわにする。
「お前一人で勝てる相手には思えないが」
当然の意見、アレウスの言う通り勝つのは難しいが正直なところ勝つつもりでは無い、大局を見ての言葉なんかではなく今この場で誰にも死んで欲しく無いと言う俺の願望丸出しの計画性のないもの。
「それはどうかな?」
円滑に撤退してもらう為余裕がある風を装う。
「駄目です! ユウタさん一人残していくなんて出来ません」
ティオはやはり優しい、優しいが、今はその優しさが命に繋がっていく。
こんな風に。
「またも防ぐか、忌々しい」
空気を読まない敵の一撃が今一度ティオを狙うので同じようにこの身で守りせっかく修復した胸にまた穴を作る。
「大事な話してる時は黙って見てるのが常識だろうが!」
「人の常識など知るか、ゆっくり話がしたいならあの世ですれば良い」
今度は退かずもう一方の腕で首を刈り取りに、さすがの俺も頭が取れたらしばらく意識が無くなる、そうなると二人を守れないのでそこだけは死守する為に剣を間に滑り込ませて受けるとすかさず今度は蹴り飛ばされた。
サッカーボールの如き勢いで飛んで壁へと叩きつけられる。
「さて、これで邪魔者はいない。まずはちゃんと死ぬお前達から始末してくれる」
「くそっ!」
アレウスが大剣を構えティオの前に。だが、普通の人間に敵う相手じゃ無い。
このままでは殺される。
俺にまともな魔法でもあれば・・・・あるじゃないか!
師匠から承った俺の唯一普通の炎の魔法が。
こちらに気が向いていない今のうちに打ち込んでやろうと手を掲げるも出たのは通常の半分にも満たない威力のもの。
この有り様で上手く力が込められなかったのが原因だろう。簡単に手で弾かれ鼻で笑われ再び狙いは二人に向く。
もう、打つ手なしか・・・そうあきらめかけた時、俺の中に眠るもう一つの魔法が真価を発揮した。