第九十七話 救出⑤
「成る程成る程」
手にした物を興味深げに眺めながら呟く。
それは光の粒となり元の場所に戻る、その過程を観察しては現象の理解に努める様に思考する。
分からなければもう一度、今度は違う場所で試す。
やっている側からすれば探究心を満たす為の行いなのだろうが側から見ればそれはイカれてるとしか言えない。
人の身体を嬉々として切り離す姿を間近で見せられている当事者としては。
「いつまで続けるつもりだ?」
いくら痛みをあまり感じないからと言ってもやられて気分の良い物じゃ無い。
こんな拷問みたいな事の経験もあるはずなく肉体は大丈夫でも精神の方が参ってしまう。
戦闘による負傷とは違って自分の身体が傷付けられる過程をじっくりと味合わされる、痛みはなく刃物が自分の皮膚を切り裂いて行く光景をこんな近くで体感させられるのはVRゲームの様な感覚に近いのだろうがこれは現実、気持ち悪さは比べるまでもなく結果精神への負担は何十倍にも跳ね上がっている。
相手の性格からして弱気な所を見せれば余計調子付きそうなので余裕がある風に見せているがこのままずっと続くのはさすがにきついのだが救いはなさそうだ。
「続けられるまでに決まってるでしょ」
目を抉られる。
同じように元に戻る。
全身を燃やされる。
同じように元に戻る。
毒を身体に注入される。
同じように元に戻る。
その後も似た様な実験が続いた。
「どんな傷も例外なく治癒する、致死性の毒すらも消し去る、首を切り落としても元どおり。一体どうなってるんだか」
さっぱり分からないと口にするもその顔は楽しげ、未知を楽しむ典型的な研究者のそれだ。
「次はどうしようかしら?」と見慣れない器具の山から一つ手に取ってはまた別のに変える、子供の様に楽しそうに選ぶそいつが最終的に手にしているものは何も無かった。
「そうだっ!」
明暗でも閃いたのか明るい声を上げる、つまりこっちには更に良くない事が起きると言う報せ。
どうするつもりか何も持たず近寄って来る、何をされたとしても今までを振り切れて超える事は無いだろうと言う気持ちで待ち構えていたらそいつは腕に噛み付いて来た、それも肉を噛み切る程の強さで。
「お腹の中に入ったのも戻るのかしら?」
咀嚼し飲み込む、そして何が起きるか静かに待つ。
「うぐっ!」
変化は突然現れた。
魔族の男が苦しそうに蹲り呻き声を上げ始めたのだ。
「なん、だ?」
床をのたうちまわり息をするのも苦しそう、おまけに喉の辺りを必死に掻きむしっている。
原因なんて一つしかない、さっき食べた俺の肉。
吐き出そうとしているのかえずいていると口から見慣れた光の粒が吐き出されて行く、そしてそれは俺の身体の方へとやってきてちょうど喰われた部分へと集まり修復された。
「どうなってる、お前の身体は!?」
咳き込みながら聞いて来るが俺だって詳しくは知らない。
食べられた経験だってあるはずもないのだから。
答えられずにいると怒りの形相で迫って来る。
「教えろ!」と手を伸ばして来るがその手の指先が俺に触れる事はなかった。
何故ならその手は指先からネバネバの液体へと姿を変え始めていたからだ。溶けて行く自らの手に驚愕の表情を浮かべ更に落ち着きをなくす。
「なんなのよコレはっ!?」
変化は片方の手の指数本を失う程度で止まったが魔族の動揺は未だ収まらない。
怒りと動揺から叫ぶように声を上げながら何度も何度も俺の顔を殴りつける。
その背後から今まさに大剣が振り下ろされようとしているのにも気付かずに。