第九十六話 救出④
ティオの姉に殺されるとは夢にも思っていなかった。
力が抜け体が崩れ落ちる。
「お姉ちゃん、何してるの?」
目の前で姉が人を殺したなんて嘘だと思いたいだろう。だが幸いな事に相手は俺、命を奪うまでは至っていない。
これくらいの傷ならすぐに復活する。
「大丈夫、死なない」
胸に刺さった刃物を抜くと血は溢れるがすぐに止まる、そして傷も塞がって行く。
「傷が治った!?」
ティオを驚かせてしまったが説明するよりも先に対処すべき相手がいる。
「殺さなきゃ、殺さなきゃティオが・・・」
取り憑かれた様に口走っている。
この場にいるティオの存在も認識できていないところを見ると何かが施されている可能性が高い。
一度ティオの姉には会った事があるが気の優しい良い人という印象が強かったが今は虚な目で殺意を向けて来ていた。
「目を覚まして下さい! ティオはここにいる、今あなたの前に」
多分今のお姉さんはアレウス達を襲った時の自分と同じ様な状況なんだと思う、見るものが歪められ一つの事しか考えられなくなる。
ちゃんとした直し方は分からないが自分はアレウスに事実を教えられ自分に疑いを持つ事で正常に戻った経験から言葉でどうにかする方法を試みるがどうにも上手くいかない。
どんな言葉を投げかけても変わらず武器を取り上げられてもお構いなしで素手のまま今度は首を絞めに手を伸ばす。
押さえ込むの事態は容易だがそこからの手立てがない、怪我をさせるわけにもいかないから手荒な真似は出来ないし意識を失わせるにしても漫画やアニメの様にお腹に一発入れてなんて出来る気もしない。
ティオの言葉すら届かないで進展がなく困り果てたところに機を見計らったかの様に現れたのは奴だ。
「感動の再会は楽しんでもらえたかしら?」
逃げたと思っていた魔族が現れその手がティオの首へと伸ばされる。
すぐさま助けようとしたがティオの苦しむ声に足を止めるしかなかった。
「賢明な判断ね、それ以上近づくとこの子の首へし折っちゃうから」
仲間を人質に取られ従う他ない。
「私が逃げたとでも思った?」と笑みを浮かべて問いかけてくる。それにこっちが答えを返す前に勝手に一人先に進める。
「残念逃げてませんでした。ここは私の城、侵入者に対する備えはしっかりしてる。ここに入って来た時点であなたの負け」
「その割にはなかなかの逃げっぷりだったけどな」
「そう見えた? でもあれは確実に勝つための戦術的撤退、恥ずべき事じゃない。だってあなた普通じゃないもの、あの場で未知の存在と相手するほど馬鹿じゃないの」
「随分と慎重なんだな、で、勝てないと分かったから人質を取ったと」
そう言ってささやかな抵抗をするも奴は鼻で笑って返す。
「そうね、勝てはしないかもね。勝ては」
含みのある言い方をする、勝つ以外の何かがあるみたいな・・。
「だってあなた死なないんでしょ? 最初の罠であの爆発をどうやって避けたのか分からなかったから一旦は退いたけどさっきので分かった、あなたはどういう訳か不死の力を持っている」
「それが分かってるなら退いて欲しいんだが?」
「退くわけにはいかないの、不死なんていう最高の研究材料を前にしちゃったらどうしても手に入れたいから」
変に興奮している、誰かに求められてここまで背筋がゾッとする事があるとは。
今すぐふざけるなと突っぱねたいところだが状況がそうはさせてくれない。
「言う通りにすればここにいる全員を解放するって言うなら考えなくもない」
「自分の立場を理解してないのかしら? 大人しく従わないと痛い目を見るのは貴方じゃない」
ティオの呻き、首を強く絞められ漏れ出る息は次第に弱まって行く。相当な力が加えられてるのが見て取れる。
「分かった! 分かったからやめてくれ!」
「それで良いのよ」
ニヤリと気味の悪い笑みを作る。