プロローグ 異世界へ
バッドエンド、それは一つの結末として用意されながらも到達する事自体が間違った事とされる終わり。
そんな場所に到着してしまったらどうすればいいか?
そう、リセットして少し前からやり直せば良い。
♢
今現在、バッドエンドもといゲームオーバーを今まさに迎えるといった瞬間に見たのは輝かしい思い出が一つもない人生の走馬灯ではなく飛び掛かってくる化け物のお口の中。
あ、死んだ。
地面に転がった俺はそんな諦めに満たされ始まったばかりの第二の生の幕を閉じようとしていた。
この状態に至るまで話は数時間前に戻る。
♢
物語の主人公からは遠く離れた例えるなら周囲の雑踏Aのような存在、それが神崎佑太という男。
しかし人は誰しも自分という物語の中では主人公を演じると言う、冴えない奴がある日突然・・・なんていうのは物語の中ではよくある事。
ならばその冴えないやつに分類される俺だって少しは希望を持ってもいいんじゃないか?
否、ハッピーエンドに向かって調整された物語と先行き不明の人生を同一視するのは間違いだ。
断言しよう、全人類の大半が迎えるのは納得いかないノーマルエンドであってハッピーエンドに行けるのはほんの一握りだろう・・・クソゲーめ。
結局人は持つか持たざるか、雑踏Aである俺のスペックは全てにおいて平均点‥であればまだ良かったのだが現実は俺に過酷を強いた。
悲しいことに運動神経は壊滅的、友達もいない。俺にないもの二つの融合体ともいえる魔の祭典、体育祭という糞行事をただひたすらに憎み続ける学生生活。
別に人と話すのが苦手という訳では無いが積極的に話しかけるタイプでもない、高校に入学してすぐの頃なんとなく周りとなじめずにいるといつのまにかぼっち、中学時代の数少ない友人も新しい友達ができ、いまでは時々話しかけてくれる程度、そんな田舎の高校に通う高校1年生だ。
まぁ、一人でいるのが寂しいという事は全然ないのだが・・・・・・・・別に強がってるわけじゃ無い、断じて違う。
さて、そんな俺は目が覚めるとあたりは夜なのだろうか暗かったがかろうじて月の光でそこが木々がうっそうと生い茂った森の中だというのは分かった。
「・・・・ここは、何処だ?」
なぜこんな場所にいるのか全く思い出せない。たしか、学校が終わって友達同士馬鹿騒ぎする連中を尻目に俺はさっさと家に帰って趣味に興じようと意気揚々と足を弾ませていたのだが。
「どうなってる?」
状況が全く把握できず、しばらく辺りを歩き回ってみる、しかし、家はおろか道路のような人によって舗装された道すらも見つからない、草木だらけの獣道。
誘拐でもされたのか? だとしたらなぜこんな場所で放置されているんだ。それ以前に俺なんかを誘拐して何の得になるのだろう、別に親が大企業の社長という訳でもない、一般的な家庭の一般的なお子さんなんだが。
混乱してオロオロしている俺の視界が突然光に包まれた。
「うっ・・・・ちょっ眩しい」
一体どんな高性能な懐中電灯なんだ!と恐ろしい光から瞼を閉じて眼を守る。暫くして光が落ち着いたところでふざけた光量を向ける誰かの姿を確認、視界に映ったのは端整な顔立ちの黒縁眼鏡で黒長髪の美しいお姉さん。
上下ともに紺のジャージで飾り気が無いのが少し残念だがそれを補って余りある美を持った女神がいて暫しうっとり見惚れていた。
「ようやく見つけた」
どうやらこの女神は俺を探していたらしい。
救助隊としては随分と軽そうに見えるがこれで助かるとホッとしていると切れ長の目が真っ直ぐこちらに向けられる。
「あなた死にました」
知らぬ森で迷子の相手に言う冗談では無い気がする。
どうやらこの女神は少しあれらしい・・。
「そうですか、死んじゃいましたか、ははは・・・」
笑って誤魔化す。
いきなりこんな訳のわからない事を言われて上手い返しができるほどコミュニケーション能力は優れていない。
「理解が早くて結構、時間もありませんので次にこの場所についての説明ですが有り体に言ってここは異世界、あなたがいた世界とは別の世界です」
まさかの異世界登場。
どうやらこの女神こちら側(アニメやゲームに傾倒した側)の住人らしい。
「異世界ですかそれは凄い・・・で、ここは何処なんです?」
何県だとか具体的な地名をお聞かせ願いたい。
「ここは通称夜喰いの森、昼と夜で様相を変える場所。昼間は雑魚しか湧かず奥まで簡単に進めてしまうのですが夜は恐ろしいものが跋扈する、調子に乗って昼間入り込み過ぎてここで夜を迎えてしまうと翌朝には食い散らかされた死体として発見されるそんな様からその名が付けられました・・・・全く、よりにもよってこんな場所だなんて性格の悪さが滲み出てますね」
後半ぼそぼそと何言ってるか聞き取れなかったがどうやらここは夜喰いの森というらしい・・・・日本昔話? そういう伝承が残ってる場所なのかな?
「いや聞きたいのはそんな昔話みたいなのじゃなく県名とかいう詳細な情報なんですけど」
「あなた話聞いてました? ここは異世界、あなたがいた世界とは違うんです」
「本気で言ってます?」
「本気で言ってます」
答える女神は確かに本気の顔をしている。
本気、本気?、本気!?
「いやいやあり得ないでしょ! 幾ら俺が陰キャに見えるからってそんな話では騙されませんよ。訓練された陰キャは一般人より防衛意識が高いんです、妄想に溺れてもそれを現実には持ち込まない」
「これでも?」
女神の右肩から黒い翼が生えてきた。
「そ、そんなのどうせコスプレか何か━━━」
「じゃあこれはどうです?」
女神は翼を羽ばたかせ飛翔した。
咄嗟に思いついたのはワイヤーを使った仕掛け、この暗さに乗じて上手くやっているんだな‥‥‥それにしては自由な飛行、なんか回転もしちゃってるし。
「・・・マジか」
「理解して貰えました?」
「ええと・・はい」
どう見たってワイヤーで吊り上げられてる様には見えない、つまり俺には飛んでいる様にしか思えなかった。
普通の人間に空は飛べない、つまりこの女神は普通じゃない何か。
そんな奴が異世界とか言ってるなら事実のような気がする。
「一体何者?」
「私ですか? 私は・・・・えーと・・そうだ・・・神様です、とっても偉い神様」
とってつけたように神様と名乗るこの女、いやいや絶対に違うだろう“そうだ”とか言ってるの完全にこちらに聞こえてますよ。だが、さっきのを見た後で単に頭のおかしな人と思えるわけもない、はて一体何者なんだ?
訝しげに彼女を見つめる。
しかし、そんな俺の表情を気にする素振りも見せずマイペースで話を続ける。
「それじゃあ、理解して貰えたところでもう一度簡単な説明です。あなたは死んで、今は別の世界に来てます、つまり異世界に転移、これからあなたはこちらの世界で再びやり直して貰います、以上」
早口で一気に恐ろしく簡潔な説明を終えて女神は白く細い人差し指で俺の額に触れる。
「それでは元の世界への未練をきっぱりと断ち切る為に死んだ時の光景を見せてあげましょう」
そう言われてもなにを言ってるんだとしか思えない、というかそう思いたい。自分が死ぬところなんて怖くない? 知らなくても良いことってあると思うんだよね・・・・・すると、唐突に記憶が蘇ってきて死んだ時の映像が頭の中で再生された、そして、全てを思い出した。そうだ・・・・俺は、確かに死んだんだ。
それは、不運な事故だった。
学校からの帰宅途中、雷雨の中、人も車もあまり通らない田舎道を歩いていた俺の目の前に偶然一匹の猫が現れた。人間は苦手だったが動物は割と好きだったのでちょっと近づいてみたが、その猫は驚いたのかすぐ逃げ出してしまった。
しかし、逃げた場所が悪かった。
偶然やってきた車の目の前に飛び出るように行ってしまったのだ。それを見た俺は自分のことなんて顧みず咄嗟に飛び出し、その猫を安全な所に突き飛ばしたが俺はその場で情けなくも転んでしまったのだ、そして俺は迫ってくる車に轢かれて死んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・のではない、そう、何かの物語なら俺は猫を身を挺して救い悲劇にも死んでしまい多くの人にその勇気ある行動を称えられるというような流れになるのだろうが。
だが、現実はこうだ、俺は猫を安全な所に突き飛ばしたので猫は怪我もなく無事だった。そして俺も、車は思ったよりもスピードを出していなかったので道の真ん中で転がっている俺を轢く前に止まったのだ。
だったらなぜ死んだのかって?
猫を救った俺は家に向かって歩いていた、そして、不運にも雷に打たれて死んでしまったのだ。
「思い出しました?」
「・・・・・・はい、思い出しました」
「それは良かったです。これでもう元には戻れないと理解したでしょう、あちらにもうあなたの居場所は無い、残念ですがそういう運命なのです」
そうか、本当に死んだのか。
雷に打たれて死ぬ運命ってどんな確率だよ。
突然の別れ、もちろん家族に会えなくなるのは悲しいが死んだという現実を突きつけられたらどうすることも出来ない。しかし思いの外踏ん張れる、それは多分死んだのが自分だからだろう。家族はみんな向こうで元気でいるのだと思えばどうにか大丈夫、こっちはこっちで頑張ろう、せっかく異世界に来たのだ、天国ではなく異世界に、前の世界での俺の生は完全に終わっている、ならいつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。落ち込んでいてもどうしようもないしやれる事をやってみようと決意。
「それで 俺はこれから何をすればいいんですか? 異世界だしやっぱりここは民を苦しめる魔物や魔王を倒す勇者として冒険の旅に出ればいいんですね」
やる気に満ちた表情で質問する。異世界と言えばやっぱりそういうものだろう、魔物がいて剣と魔法でなぎ倒していく、想像するのはそんなゲームのような世界だ。
「張り切るのは結構ですがここはそんな単純な世界じゃありませんよ。全てが作り物ではなくちゃんと命を有している、それをちゃんと頭に入れておく事ですね」
「でも人を傷つける敵は倒すのが勇者の役目だろ?」
「その考えに間違いはないか。敵とは何なのか。この世界の歴史を知らない異世界人として見極める事があなたの使命、と言っても貴方にはよく理解出来ないでしょう‥‥‥頭悪かったですもんね」
「・・はぁ」
最後小声で直球の悪口が聞こえてきたが神様が相手だから我慢。自称だけど。
「正直私にも正解は分かりません、これは最後の悪足掻きですので私が貴方に求める事は一つ、あなたはただ普通に生活してくれれば結構です、そうやって色んなものに触れて下さい。その先はなるようになるでしょうから」
「普通に生活? 勇者としてドラゴンに囚われた姫を救ったりは?」
「やりたいならどうぞ。そんなピンポイントな状況に出くわせばね」
「陰謀企む悪の組織的なものを壊滅させたりは?」
「好きにして下さい、貴方がそんな組織を見つけ出せればね」
「世界を滅ぼそうとする強大な敵を打ち倒したりは?」
「それは・・・好きにして下さい」
どれも適当に流された気がする。
「もう良いですか? 私もそろそろ限界なので」
そう告げる彼女の体が突如光出し、徐々に透けていくのが分かった。
「ちょっ・・・待って下さい、言葉とかはどうしたらいいんですか? 俺は異世界の言葉なんて話せませんよ! 日本語オンリーですよ」
「そこらへんは大丈夫です色々と都合よくなってますので気にせず頑張ってください。あっ、それとこれは私からのささやかなプレゼントです。御守りがわりですので肌身離さず持っていてくださいね、ああそれと一つ忠告です。あなたがこれから進むべき道は右側、決して左になんて進まないで下さい、それでは頑張って」
今さっき思い出したかのように急いで黒い袋を取り出しこちらに投げ渡してきた。その袋の中身を確認してみると、中には金色の硬貨が5枚、たぶんこちらの世界のお金なんだろうと推測できた。
「あなたの人生が再びバッドエンドにならないよう祈ってます」
「ちょっと待ってくださいよ! 何か能力的なものは?」
「甘えるな♡」
圧倒的無慈悲。
そして消えていなくなった。