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氷結の騎士は民を背に  作者: 蒼月
第四章~目覚めし騎士~
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第七十七話~我らの背に民はあり~

また、少しだけ長いですm(__)m

 太陽が地平線にその身を半分程投じた頃、セヴラン達は追撃から戻った部隊を連れ、サファクイル基地第三防壁へと帰還していた。

 多くのものを失った。仲間を失い、土地もすべてを守りきれず…………だが、大国レギブス相手の侵略を阻止した。

 この事実は彼らにとっての戦果であり、そこには、まだ希望を灯した兵士達の姿があった。


 戦い抜いた兵士達の先頭、部隊を引き連れるのはセヴランやリーナであった。

 その後ろにはバーンズやエメリィ、バウルにキーブと、この戦いの主役であり、最も活躍をした者達であった。


 崩れた城門跡を抜け、セヴラン達を迎えたのは、勝利と英雄を称える歓喜の渦であった。


「な……なんだ、これは…………」


 セヴランは何事かと驚きを隠せずに、周囲の状況を見渡す。

 セヴラン達を囲む兵士達は彼らの帰還を待ち望んでいた者達であり、勝利の美酒に溺れながら歓喜と称賛を送った。


「セヴラン隊長!やりましたねッ!」

「この戦局を戦い抜いた英雄だなッ!」

「正に、氷結の騎士ってところですね!

「おらお前ら!セヴラン隊長の帰還なんだからもっと喜ばねぇとッ!」

『うおぉぉぉぉぉッ!!!!!!!』


 セヴランは歓喜と熱気に包まれ、ただ事態を理解出来ず呆然とする。

 そこに、背後からリーナが肩に手を置き


「あら、もっと喜ばないの?あなたは、カーリー大将を失って絶望的だったこの戦いを、見事にここまで戦い抜いたのよ。誇っていいんじゃないかしら?」


「俺が……誇る?」


 セヴランには分からなかった。今まで、ただ自分の信念を貫いて戦っただけだ。そこに、フィオリス軍がどうとか、そういった考えはなかった。

 ただ必死に戦った、それだけであった。

 それが出来るのはほんの一握りの人間であり、それが誰かを助けていたなどセヴランは知るよしもなかったが…………。


 セヴラン達は英雄の凱旋かのように迎えられた。

 自分の活躍などどうでもよかったセヴランだったが、今はその勝利を噛みしめ、ひとまずの戦いを生き残ったことに皆とともに喜ぶこととした。






 日が沈み、刃の打ち付ける金属音や喧騒の響いた昼とは打って変わり静寂が広がる夜が始まった頃、サファクイル基地第三防壁内指揮場には、生き残った主だった将官が集められていた。


「それじゃあ、これで全員集まったわね」


 机を囲む将官達に向け、リーナが確認の一言を告げる。将官達はリーナに注目し、会議が開始される。


「まずは全員、よくこの戦いを戦い抜いてくれたわね、よくやってくれたわ」


 リーナの労いの言葉、これに将官達は様々な反応を見せるが、リーナは特に気にせず続け


「私達は多くの仲間を失ったわ……カーリーをはじめ、かけがえのない仲間達を沢山失った…………」


 重く響く言葉、それはこの場の全員の心に深く突き刺さる。仲間の死は耐え難い喪失感を生み、将官達は表情を曇らせる。

 だけど、とリーナは言葉を作る。


「彼らは意味もなく死んだ訳じゃないわ、私達が守るべき民を……力なき者達を守る為に死んだ。彼らは、己の使命を全うして死んでいったわ…………だから、私達は彼らの想いを無駄にしてはいけない、彼らの死を無意味にしてはならないわ。」


 死んでいった者達、もの者らの死んだ意味は自分達に掛かっている。そう示す言葉に、将官達の瞳が変わる。

 想いを継ぐ者として、生き残った者達は彼らの意思を継いでゆく。それは新たな力と変化し、次へと紡がれてゆくのだ。


「その為の私達、特務部隊ブラッドローズよ!」


 リーナは腕を大きく左右に広げ、自身達を示した。。

 広げられた腕に示される場所、つまりリーナの後ろには、バーンズにエメリィ、キル、そしてセヴランの四人が控えていた。

 セヴラン以外の三人は当然だが、セヴランもリーナの特務部隊に加わることとなり、この場ではリーナの側に立っていた。

 勿論、勝手にセヴランを部隊から引き抜くというのはレギブス方面軍としては望ましくなかったが、国の姫であるリーナに逆らうような者はおらず、また、最高司令官であるセルゲノフはセヴランの立ち位置は自由としていたため問題となることもなかった。


 特務部隊ブラッドローズ、初めて聞く部隊名に将官達は思い思いに言葉を作っていたが、彼らにとって共通して理解していたのは、それがあの黒い集団であり、圧倒的な戦力であるという事実であった。

 リーナは彼らの反応に満足げに口を笑わせ、手を叩いて再び注目を集めた。


「まあ、伝えたいことはいろいろあるけど、まずはこれを渡すわ」


 そう言って、リーナは手に一つ光を生んだ。

 正確には、手に持ったものが部屋の光の反射を受けて輝いたのだった。

 何やら丸く銀のそれは、金属のようなものであることは遠目からでも分かった。しかし、具体的には分からず思考を始めようとすると


「…………どうぞ」


 目の前に影があった。

 それは黒のローブで身を包み顔まで隠している者で、キルと同じ姿から所属がブラッドローズだと瞬時に理解する。

 気づくと、部屋の中には音もなく三人の隠密である彼らが現れており、気配までもを完璧に消していた手際にセヴランは感心した。


 ……凄い、気配には気を配ってたのに全く気付けなかったぞ……


 セヴランは感心しつつも、銀のそれを受け取った。見ると、銀のそれは丸い板のようであり、中心部が盛り上がり中は空洞であると手に持った感覚から理解する。

 中に何が入っているのか、それが分からなかったが、全員に配られるとリーナが開口し


「全員持ったわね、ならそれの下を押してみなさい」


 リーナの指示の通り、全員は銀のそれを弄り始める。セヴランも触り始め、下と言われた場所を探す。


 ……この出っ張りみたいなのが上っぽいな、ならここを押せば――ッ!


 セヴランの予想通り、出っ張りは上で合っており、これは銀の膨らんだ円状の板と板を繋げるものであった。

 銀の蓋は開かれ、中から現れたのは十二までの彫られた数字と二つの針であった。

 見たことも聞いたこともない未知の道具、これが何か将官の誰も分からなかったが


「これは、今までバラバラだった時間を統一して、その変化を見るための時計と呼ばれるものよ」


 時計、その道具が何なのかと想像が出来ない。時間を統一など、そんなことを考えたことは無かったからだ。

 だから、一人の将官が疑問とともに手を挙げ


「質問ですが、時間を統一というのは一体……?」


「そうねぇ、今までは時間って言えば地域とかで違ったわよね。それを、一つの基準を作ったの。それが時間で、この時計が示す時間よ」


 リーナは解説をするが、将官達の頭には理解不能という文字が浮かんでいるようであった。

 リーナは説明が足りないと続け


「一日を二十四時間、一時間を六十分、一分を六十秒、こうやって基準を儲けて、皆の中での時間のずれをこれは無くしてくれるのよ」


『おぉ……』


 リーナの説明に将官達は徐々に納得し、そしてこれの有効さに気づき始める。


「では……これを使えば作戦の開始なども明確に出来るな…………」

「いえ、それどころか離れた位置の部隊を同時に動かすことさえ出来ますよ、これは」

「凄い、まだまだ活用の術はあるな…………」


 将官達の表情は、新たな力に対する喜の感情が溢れていた。

 今まで不可能だった事が可能になる、それは部隊を指揮する指揮官達としてはとても重要な点であったのだ。


 だが、将官達を喜ばすのはこれだけではなかった。


 渡された時計に夢中になっている将官達を尻目に、リーナはバウルに床に寝かされていた長い箱を指差した。バーンズはそれを拾い上げると、箱を開き


「ありがと。それじゃあ皆、時計の次はこれを教えておくわ」


 次にリーナが箱から手にした物、それは戦場で流れを変えるきっかけを作った銃であった。

 銃の存在、それは敵を退ける為にも誰もが知りたいものであり、将官達は興味津々でリーナに視線を向けた。

 だが、リーナは僅かに表情を曇らせ


「う~ん、あんま食いつかれても困るんだけど……これは、まあ簡単に言えば、この筒の中に弾丸と呼ばれる弾を込めて、火薬に着火させてその爆発力で弾丸を高速で撃ち出すものよ」


 銃の構造の説明、それはなんとなく誰もが理解したが反応は薄い、正直なところ構造を理解したところで自分達では修理なども出来ないことは分かっていた為だ。

 故に、リーナは皆が求めているであろ言葉を送る。


「これを使えば、長弓兵でも攻撃が聞かない距離から敵を鎧ごと貫けるわ。方面軍ように、今回は五百丁は用意したわ、貴方達で自由に使って頂戴」


 部屋の中に、新たな熱気が生まれ始める。

 この武器の登場は戦場に大きな変化を生む。それが全員揃っての考えであった。

 今まで、戦力で劣勢であったレギブス方面軍は兵士一人一人の質を高めることで何とか戦ってきた。だが、どんな歴然の兵士でも、負傷することもあれば死ぬこともある。そういった戦力の低下は免れれなかった。

 しかし、この銃があれば兵士の技量はある程度簡略化でき、遠距離から安全に敵を仕留めることが出来るようになる。それは、長年慢性的な戦力不足に悩まされていた将官達にとって、正に魔法のような存在に感じられた。

 銃を使用する作戦、どこの部隊が銃を使うかなど将官達は子供が玩具を取り合うようにその争奪を始めていた。

 無理もないと前にいたリーナ達五人は苦笑するが、リーナはそんな部屋に三つあるうちの最後の希望を落とした。


「それと、五年を掛けて訓練した新しい兵士達、とりあえずはこっちには五千人程を振り分けておいたわ。部隊編成は今頃、レイルーン砦でセルゲノフが追われてる頃でしょうね」


 リーナがあっさりと発言した言葉、五千という数字に部屋は凍りつく。

 そんな数の新兵を何処から持ってくるというのだ、誰もがそう思ったが、リーナの表情に嘘は感じられず疑問は波紋を生んでいった。


「どうせ五千も何処からとでも思ってるんでしょうけど、これは本当よ。その為に各地域から教導官を引き抜いてたんだから」


 リーナの言葉に一同は納得をせざるを得ない。確かに、数年前から軍の教導官は姿を消していた。それに、新兵の入隊もほぼなかったのだ。今回、セヴラン達のような新兵が入隊したのは、レギブス方面軍からすれば実に三年ぶりであったのだ。

 どこかで新兵をまとめて教育していた、その為に教導官を集めていた、そうすれば辻褄は合うが、納得するのには時間が必要であった。

 それでも、将官達はリーナの言葉を信じた。彼らにとって、教育された新兵が入隊するのであればそれは喜ばしいことであり、何処で教育を受けたかなどに意味はないのだから。

 そして、それを言わないのにも何か理由があるのだろうと誰もが理解出来ていたからだ。




 新たな道具、武器、戦力、これらを得た事実は将官達にとって喜ばしいことであり、今後の戦いに重要なこととなると分かっていた。

 そして、一国の姫がここまでの準備をして、行動を起こさない訳がないと誰もが直感していた。


 リーナは一度息を吸い直し、思考を鮮明にしつつ将官達に決意を秘めた瞳を向けた。

 それに応えるは、同じくそれに付き従う者達の忠義の瞳であった。


「これだけ準備を、私達は五年以上前から行ってきた。そして、遂にパラメキアとレギブスという大国どうしの戦争が始まってしまったわ…………。私達は戦わなければならない、愛する民を守る為、剣を取らない平和を求める者達のために!」


 だが、リーナは視線を落とす。


「けど、本当にそれだけかしら?私達が守るのは、自国の民だけなのか…………本当に守るべきなのは、力のない者達全員じゃないのかしらって…………」


 リーナの言葉は、自国だけでなく、他国の民をも守るという衝撃の発言だった。しかし、ここまでのリーナを知っている者や、セヴランの考えを知っている者達ばかりのこの部屋では、特に驚きの声は上がらない。

 そして、言葉は続けられる。


「故に、私達は決めた、この大陸に住む全ての力なき者達の味方であると。軍人は人を守る為にいるはず、なのに、その軍人が民を殺してゆく……こんな行いを、私達は見過ごさないと決めたわ!」


 力強く握られる拳、それは同じ軍人に対する怒りであり、民を守りきれない自分達への怒りでもあった。


「私達の目的はこの戦争を終わらすこと、その為には民以外のどんなどんな犠牲を払ってでも死力を尽くして戦うわ。……………………そこで、皆には命をかけてもらうことになるわ。だから、こんな無謀な考えに賛成出来ない者は軍を抜けていいわ、誰も止めないし、それが正しい選択だわ…………今から少しの時間をあげるから、よく考えて頂戴」


 リーナは瞳を閉じ、全員がこの部屋を出るだろうと予想しながら時を数える。


 ……こんな馬鹿なこと、普通するわけないわよね……まあ、その時はブラッドローズの面子だけででもやるしかないわね。






 時計の針が進み十分の時が経った時、リーナは静寂に包まれた部屋に向けてその瞼を開いた。

 静かな部屋、何も無い空間のような部屋でリーナが開いた視線の先――――――――――――――――――――――――――――――そこには、誰一人として欠けることなく、リーナの次の命令を待ち望む将官達の姿があった。


「貴方達…………」


 一人も欠けなかったという事実にリーナは驚きを隠せず、将官達全員の顔を見渡すが、誰一人として笑っていない者はいなかった。


「姫、我々は民の為に戦う軍人です。今さら逃げたすような奴はここには居ませんよ」

「愛する家族の為ならば、地獄の中だって戦い抜く馬鹿の集まりですよ、ここは」

「さあ、いつでも命令を」


 そう、皆誰かの為に戦っているのだ。理由は様々でも覚悟と想いは、皆一つであった。

 そして、ここにいる多くの者がカーリーを失った際に、セヴランの戦いを見ていたのだ。

 民の為に戦う、その純粋な気持ちに突き動かされた者は少なくなかった。


 リーナは愛する馬鹿に小さく笑い、そして告げる。


「なら、この戦争が終わるまで、命ある限り戦い抜くわッ!――――」


 ……えっと、こういう時は何て言えばいいかしら?――――やっぱあれかしら


 リーナは一瞬、斜め後ろにいるセヴランに視線を向けた。そして、セヴランも将官同様に笑みを浮かべていた。

 楽しそうだったのだ、その表情はまるで子供のようで、それでいて決意を固めた者の瞳であった。

 セヴランの覚悟はとうに決まっていた。その甘さで、カーリーを失った時から…………


 セヴランの決意を理解していたリーナは一つの言葉を思い出す。それは、戦場にて騎士が仲間を奮起させる際に放った言葉、そして、全ての始まりの言葉を


「我らの背に民はありッ!!!!!」


『うおぉぉぉぉぉッ!!!!!!!』


 こうして、世界の命運を懸けた戦いは始まった。

 大国はそれぞれの求める平和の為に、そして全ての平和を願う小国は大国を相手取り己の信念を貫き、世界の運命は進み始める。運命の糸は絡まりながら、様々な物語をつくってゆく。

 彼らは信念を貫き、己を正義としながら運命へと立ち向かってゆく。

 信じる希望の先が、絶望だとはまだ知らずに………………

どうも、作者の蒼月です。

これにて、第四章は終わりとなります。そして、ここまでが物語の第一部となります。

ここまで、自分で想像していた何倍もの長さになりましたが、なんとかここまで書ききれました。

物語としては始まり、ここから話は動き始めるということになります。


というか、作品内でいえば殆ど日数が進んでないんです。主に第一部は国境での戦いをメインに書いていた為、こういう形となりました。

第二部では、戦闘もですが、日常的なパートが増えるかと思います。主要キャラのセヴラン、リーナ、バーンズ、エメリィ、キル、この五人のキャラの掘り下げや、道を違えたシンの物語、そしてあらすじにも書いております竜にまつわる話、書きたいことは山ほどあるので、今後も皆様が少しでも楽しめるような物語を誠心誠意頑張って作らさせていただきます。


長くなりましたが、いつも皆様が読んでくださることは励みになっております。本当にありがとうございますm(__)m


では、次も読んでいただけると幸いです。

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