第三十六話~聖獣と躍りし者~
「なんなのよ、こいつらわッ!」
マリーンの杖を握る拳に力が入る。当初、聖獣の突破力で短期決戦を狙ったレギブス軍であったが、第一大隊を殲滅することに失敗し敵の後退をみすみす見逃し、聖獣も三人の人間相手に足止めをされるという事態にマリーンは怒りを露にしていた。
「どいつもこいつも使えないわねッ!」
マリーンが怒りを向けた視線の左右には、フィオリスの兵を包囲したにも関わらず反撃に合いその攻勢を止めた部隊が広がっている。兵の殆どはまともな訓練を受けていないような素人の集まりであるため、勢いを失った者達は統率が乱れ基地への突撃はままならない状況であった。
マリーンは見た目からは想像出来ないほどの大声で怒りを体現し聖獣に命令を下す。
「そいつらを殺してしまいなさいッ!その肉を引き裂いて!血祭りに上げて!その命を刈り取るのよッ!!!」
「グオオオォォォォォォ!!!!!!」
聖獣は主の命に砲口で答え、相対するセヴラン達にその牙を向けた。
「あら、そうとうキレてるわねあれ」
リーナは聖獣の砲口に臆することなく、笑みを浮かべたまま対峙する。バーンズはリーナの普段通りの姿に苦笑し
「悠長だねぇお嬢」
「来るぞ!」
余裕を見せるリーナとバーンズの二人に対し、セヴランは攻撃を告げる一言を発し三人は交戦に移る。
聖獣は正面のバーンズをめがけて飛びかかり、その鋭い爪を降り下ろす。空を裂きバーンズの頭上に迫る爪、しかしこれはバーンズの構えた大剣によって受け止められる。聖獣の勢いを受け止めたバーンズの足元の氷は砕け散り地に亀裂が入るが、聖獣は勢いを殺され致命的な隙を生み出した。この隙を逃すことなく、セヴランとリーナは左右から聖獣の胴体に幾つもの斬撃を放つ。
「グオオオォォォォッ!!!!!」
攻撃を受けた聖獣は悲鳴にもとれる咆哮をあげ、セヴランとリーナに反撃と体を旋回させる。巨大な体から生み出される威力と攻撃範囲は並みではなく、普通の人間ならば一撃で致命傷を負うところをセヴランとリーナは超人のそれである加速で聖獣の攻撃を逃れる。聖獣の攻撃を逃れた三人は再び集まり
「なんて再生力なんだ、俺の攻撃の傷がもう直ってやがる」
聖獣の傷は光を放ちながらの回復力に驚くセヴランだったが、リーナは目を見開き意外そうに
「あら、さっきまでの堅苦しい言葉はもういいのかしら?」
「お前相手に真面目に話しても意味ないだろ。それより、今は目の前のことに集中しろ」
セヴランに注意を促されたリーナはつまらなそうに聖獣に向き合う。聖獣に与えたダメージは傷にならず、光を発しながら回復し既に引き裂かれた肉は完全に再生していた。
「だが、セヴラン……だったか?これはどうする」
聖獣の攻撃を受け止めるという離れ業を見せ、最も負傷していてもおかしくないバーンズは大剣を揚々と担ぎ上げ、今まで会話をしたことのなかったセヴランに声をかける。
「セヴランでいいですよ。とりあえず、攻撃が効かないんじゃ手も足も出ないところだが……」
セヴランはバーンズに最低限だけの返答をすると、苦笑いで聖獣に視線だけを向ける。聖獣の攻撃を受ければ致命傷となり、自分達の攻撃は回復されるという絶望的な状況にセヴランは笑うしかなった。しかしリーナは相変わらずつまらなそうな瞳で聖獣を眺め、何か思いついたと
「どうせ攻撃が回復するなら一撃で殺すなんてどう?」
リーナの提案にセヴランは呆れのため息をつき
「あれを一撃で倒せる火力なんか誰も持ってないだろ、やるなら向こうの再生速度を越える攻撃を叩き込むしかないだろ」
「ならバーンズは正面から時間稼ぎね、私とセヴランで削りましょう」
作戦がまとまり三人は再び聖獣に剣を構える。聖獣は傷がなくなり、既に戦闘開始時と変わらない姿であった。
戦闘が再開する直前、セヴランは視線を己の剣に向け顔をしかめる。
「セヴラン、どうしたの?」
「いや、体と魔力がもつか心配でな」
セヴランは高速移動を行う為にここまで氷結の魔方を継続させ、魔力は剣に付与させていたものも大部分を消費していた。更に高速移動による体への負担、戦闘で受けたダメージも合わせていつ倒れてもおかしくない状況であった。しかし、セヴランは視線を聖獣に戻し闘争本能の牙を見せる。
「いくぞ、リーナッ!」
セヴランとリーナは同時に踏み込み、聖獣の視界から姿を消す。バーンズは正面から大剣を振りかざし聖獣に向け走り始める。
聖獣は視界から消えたセヴランとリーナへの警戒から、バーンズの元には飛び込まず攻撃態勢を取りつつもその場から動かない。
「いい判断だが、それは悪手だな」
聖獣は響いた声の方向、自らの頭上を見上げる。見上げた先、刃が迫るのを刹那で見極めた聖獣は迫る刃に対し、姿勢を低くしたまま前足で地を蹴り後方にスライドして攻撃を回避する。
聖獣に攻撃を回避され、空中から着地したセヴランは無防備な姿を晒す。聖獣はここぞとばかりに前足の爪で引き裂こうとするが、その動きはセヴランが笑ったことにより止まる。
「グワアァァァァァ!!!!」
聖獣の悲痛な叫びが戦場にこだまする。悶え苦しむ聖獣の腹部の影から一つの影が飛び出し
「よそ見はいけないわね」
セヴランに注意を向けた聖獣の腹部に高速で移動するさなかに連撃を叩き込んだリーナは余裕の笑みを残してゆく。聖獣は爪でリーナを追うがその攻撃は既に駆け抜けたリーナには当たらない。
「俺様を忘れてもらっちゃあこまるなッ!」
聖獣に休む暇は与えず、正面のバーンズは大剣を掲げ聖獣に向け飛びかかる。聖獣は爪で受け止め、バーンズとのつばぜり合いになるが
「この程度なのか、聖獣ッ!」「死んでくれるかしらッ!」
セヴランとリーナは互いに交差しながら聖獣を斬りつける。聖獣はバーンズの攻撃を止めることで手一杯となり、無防備を晒す身に連続で攻撃を入れられる。
幾つもの斬撃、人のものでない速度から生み出されるそれは一撃一撃が致命傷となりうるものとなる。聖獣の体につくられる傷は即座に光を放ち回復をするが、二人は攻撃の波を作り続ける。
周囲のレギブスの兵はただ三人と聖獣の戦いを眺めるしかなかった。聖獣と力が拮抗するバーンズ、目に捉えられない速度で攻撃を続けるセヴランとリーナ、普通の人間と言える彼らから見れば化け物の戦いであった。
化け物同士の戦いは熱をあげていく。聖獣もやられるがままではなく三人を同時に相手し、攻撃を体の再生力で受け止め続け爪を振り、体をぶつけに、様々な反撃を繰り出し激しい攻防が繰り返された。
セヴランは高速の移動のさなか、体の軋む音に限界を感じ
……後少しなんだ……もってくれッ!
セヴランは聖獣の頭上に再び迫る。今度は威力を上げるために体を回転させ、更に己を加速させながら一撃を――――聖獣の頭に叩き込んだ。
「グオオオォォォォォォ……ォォ…………」
聖獣の声は徐々に萎んでいき、遂に地に倒れ伏せた。
何が起きたのかを理解出来ないとレギブスの兵達は唖然としている。聖獣を従えていたマリーンさえも驚きを隠せず、顔に焦燥感を現す。
この日、何度目かの静寂が生み出される。しかし、静寂は長くは続かず
「聖獣は我々に破れたッ!さあ、とっとと国帰るんだな!」
バーンズの宣言にレギブスの兵は後退りを始め、統率は失われ始める。
「はあ…………はあ…………」
「かなり……消耗してるわね……」
セヴランの体からは再び出血し、足の筋肉一部は断ち切れ立つことも困難になるまで消耗していた。セヴランと並び、リーナも息を上げセヴランほどではないにしても消耗していた。
三人は集結し聖獣の無力化を出来たため後退しようとしたが、予想外の言葉が敵から放たれる。
「奴らは消耗している!今、ここで奴らを殺すのよッ!出来なければ私があなた達を殺すわよッ!!!」
従えていた聖獣を無力化され、戦闘力を持たないマリーンは何も出来ないとセヴラン達に想定されていたが、兵を叱咤し勢いを止めることなく更に士気を上げてきたのであった。レギブスの兵はマリーンの命令に応え剣を構えた。
士気を失い、容易に打ち取れると思っていた兵達に囲まれ、聖獣との戦いでの消耗したセヴラン達は再び絶望的な状況に身を置くこととなってしまった。
バーンズは大剣を肩に担ぎ苦笑いをしながらリーナへ振り向き
「お嬢、これどうするよ。流石にこの数は…………」
三人の視界には明確な殺意を向ける兵達が並ぶ。リーナも状況は理解し
「セヴラン、どうする?」
「俺が時間を稼ぐから、リーナはバーンズ将軍を連れて後退してくれ」
現状、最も負傷しているのはセヴランであり、最高戦力であるバーンズ達を失うわけにはいかなかった。故に、セヴランは己を囮とする作戦に出るしかなかった。リーナは何も言わず基地へと振り返り、バーンズと共に後退を開始した。
「それじゃあ……もうちょい頑張りますか」
振り返ったリーナの苦渋の決断をしたといった横顔に(すまない)と内心誤りつつ、己の動かない足や体に鞭を入れ剣を構え、命をすり減らす時間稼ぎが始まったのだ。
どうも、作者の蒼月です。
今回は長く書けたけれど、平均文字数が少ないので今後も今回みたいに頑張りたいです。
では、次も読んでいただけると幸いです。




