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氷結の騎士は民を背に  作者: 蒼月
第三章~始まりの国境~
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第二十五話~忘れ去られた気持ち~

 月が輝き静寂な闇が広がる夜、サファクイル基地には幾つもの松明の火が灯る。火に照らされながら基地内では慌ただしく兵達が動いていた。


「そこ!矢をまとめて置くな、出来る限りの分散して配置しろ!」


「必要な量の食料以外は第三防壁内まで運び込め!」


「手の空いている者は堀を可能な限り深く掘れ!時間は残り少ないぞ!」


 基地内各所で下士官の指示が飛び交う。指示を受けた兵達は、各々敵の進行に備える準備を急ぐ。

 武器などはすべてが基地内のいたるところに配置され、食料なども必要以外の量は基地の奥に運び込みが開始されている。防壁前に掘られている堀も更に深くするため、突貫で作業が開始され兵達は汗と土にまみれていた。

 作業に人手が足りておらず、特別遊撃隊の面々も武器の運搬を行っていた。


「よぉし、ここにあるものはすべて第一防壁まで運ぶぞ!第一小隊から第四小隊までは俺の指示に、第五小隊から第八小隊はバウルとギーブの指示にしたがって作業に取りかかれッ!」


 約百名程を前にしてシンが指示を飛ばす。シンの言葉とともに各小隊は訓練で鍛えた連携をここぞとばかりに発揮し運搬の作業に取りかかり始める。シンは全員が行動を開始し始めたことを確認すると


「バウル、そっちは大丈夫か?」


 隣で二人がかりで運ぶべき重さのある大量の武器を収めた箱を一人で運ぼうと持ち上げるバウルに声をかける。


「俺の心配する余裕があるんなら、セヴランの代わりを出来るようにきちんと周りに目を配っとけ」


 シンはバウルの言葉に軽く頷くと各小隊の動きに目を配る。現在セヴランはカーリー大将に作戦会議に召集され、その間シンが特別遊撃隊の副指揮官としてセヴランの代わりを務めている。

 この二週間程の訓練の間、シンはバウルやギーブ、ファームドと共に新兵の基礎訓練の教導官として新兵と関わっていたため兵達からは信頼を得ており、セヴランの代わりは充分に果たすことが出来ていた。特別遊撃隊の誰もがシンの指示にしたがい不満を漏らす者はいなかった。

 シンは自分の指示で皆が動いていることに安堵を得つつ


「…………セヴラン、次は全員無事とはいかないのかな……」


 シンの腕が僅かに震える。初の実戦を前にした時に感じた恐怖、それと同じ次は死ぬかも知れないといった思いがシンの体を締め付ける。震える腕を手で押さえつけながら、シンは再び作業に戻ってゆく。




 サファクイル基地指揮場内では、カーリーを中心に将官を集め作戦会議が続けられていた。会議が始められてから各小隊長や中隊長である将官達は互いの意見を何度も衝突させていた。


「十五万に対して籠城戦などいつまでもつと思っているのだ!」


「しかし、兵力差を考えれば突撃は無謀すぎるぞ!」


「籠城戦にするならば補給線はどうするというのだ、これ以上の補給は見込めないのだぞ」


 将官達は何度目になるか分からない沈黙状態に入る。セヴランはこの下らないやり取りにうんざりしていた。

 将官達の意見はどれも正しいことであり、間違っているとはセヴランも思っていない。しかし、本来意見をまとめる約であるはずのカーリーは一度も口を開くことなく沈黙を貫き通している。その結果、各将官達の意見は主に攻勢に出るという意見と籠城するという意見で割れていた。暫くの静寂の後、長い間カーリー同様に沈黙を貫いていた一人の将官が口を開く


「やはりここは打って出るしかあるまい」


 カーリーの隣、声の方向に部屋中の視線が集まる。声の主は第二大隊隊長、セルゲノフ中佐、カーリー大将らと長い間国境守備隊を務めカーリー同様に優れた武勇をもつ古参の将の一人である。

 セルゲノフの言葉に続き一人が口を開き


「私も同意見です。敵は数こそいれど所詮は寄せ集めの雑兵です、士気と練度ではこちらが勝るかと」


 セルゲノフに続いた声の主は第三大隊隊長ラムス少佐、カーリーやセルゲノフよりは少し年が下であり古参より少し若い中堅の将であるが、過去の戦いにおいて少数の兵で国境を倍の戦力から守り通した実績からのしあがった実力者であり、その守備力はフィオリス軍の中でも随一である。

 ラムスの言葉にセルゲノフは頷き、将官に語りかけるように


「今の我々には充分な食料と高い士気がある。たとえ籠城戦を行うとしても、可能な限りはこちらから仕掛けて戦力を削るしかあるまい」


 セルゲノフの言葉に補足するようにラムスは続き


「第一大隊の騎兵での撹乱しつつ重装歩兵隊を前に押し出して敵の先鋒を削る、第二大隊と第四大隊で横から包囲しつつ第一大隊を後退させ連れ込めた敵から殲滅する。このような流れならば被害を抑えつつ長期戦も可能かと」


 部屋の誰からも反論は出ない、先程まで熱くなっていた将官達も冷静になり各々作戦についての考察を始める。

 静寂な部屋でセルゲノフもラムスも言葉を抑えカーリーに視線を向ける。カーリーは各将官の姿を見ると、座っていた椅子から立ち上がり


「作戦については今ので問題ない、私も同意見だからな。配置についてだが私の率いる第一大隊と特別遊撃隊で敵の先鋒に食らいつく、第二大隊と第四大隊は側面の攻撃に、第三大隊は基地内に残り防壁上からの攻撃や負傷兵の救護に当たってくれ!厳しい戦いになるとは思うが、諸君の活躍に期待する!」


『はッ!』


 カーリーの敬礼に合わせ、部屋の将官達が同時に敬礼で応える。カーリーが敬礼を解くと将官達も自分の部隊に作戦を伝えるため部屋を各自出て行く。

 セヴランも部屋を出て部隊に戻る。松明に照らせれてはいるが、闇に包まれ薄暗さが目立つ防壁上を歩きながらセヴランは思う


 ……今度も守ってみせるさ


 フィオリス軍の士気は最高まで上がっていた、戦闘の準備も着々と進みレギブスに対する備えは出来る限りのことが行われた。


 しかし、セヴランの気持ちはどうであったのか。彼は何を守りたいのか、それを見失わないでいたのかどうか…………カーリーの言葉をこの時は気づけていなかったのだ…………




どうも、作者の蒼月です。

戦いが目の前まで迫り、作戦は固まり準備も良好。しかし、セヴランの気持ちは固まったのでしょうか?カーリーの言葉は今後のセヴランに大きく関わるので重要なポイントですね

では、次も読んでいただけると幸いです。

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