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氷結の騎士は民を背に  作者: 蒼月
第三章~始まりの国境~
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第二十四話~絶望の宴~

 サファクイル基地内、王都側門前広間に剣の混じる金属音と兵士達の活気溢れる声が広がる。声は特別遊撃隊である新兵達のものである。彼らは、第四大隊長であるファームドの指揮で訓練を受けることとなり、実戦に必要なものから軍における精神まで様々な訓練を繰り返し既に二週間の時が経っていた。

 新兵が訓練に勤しむ中、広間に隣する防壁上の一つの影、特別遊撃隊隊長であるセヴランはつまらなさそうに訓練の様子を眺めていた。


 セヴランは訓練の様子を眺めながら防壁の縁に手をかけ深く息を吐き


「はあ……」


「何か悩みごとか、セヴラン」


「カーリー隊長、どうかされましたか」


 声の方向に視線を向けると、そこにはいつもの笑みを浮かべるカーリーがおり軽く敬礼をする。他の将官がいない場でありカーリーは気楽にと敬礼を解くよう手で制止させる。セヴランが敬礼を解くと


「いやなに、新兵達のファームドの訓練を受ける姿でも見ておこうかとな」


「期待はしないでくださいよ、あまり誉められた光景は見れませんので」


 セヴランは再び体を広間に向け、ため息をついた原因である訓練の様子を見る。


「そんなにファームドは使えんかね?」


「いえ、新兵相手の教導ならあれで問題ないでしょうが……なにせ兵達の間に練度と士気の差がありますからね」


「やはりそうか、他地域の新兵はまだ実戦は行っていないからな」


 二週間前、セヴランは基地にたどり着いた同日に他地域から集まった新兵も特別遊撃隊に預り、百名ほどの規模の部隊を任されていた。セヴランは指揮をするだけならば問題はなかったが、新兵の訓練の際に問題は生じ始めた。

 皆、基礎訓練さえ受けていないという条件までは同じであったが、もともと個々の技量が高く実戦を乗り越えていたセヴラン達の兵は基礎訓練を受ける意味がほぼなかった。対して他地域からの新兵は中には剣を持つことさえままならないような者もおり、訓練をするのは難航を極めた。

 一週間の間、他地域の新兵のみを集中的に教育し最低限の練度を得た兵を交え、特別遊撃隊の訓練はようやく開始された。だが、そこでも問題は発生した。


 新兵同士での模擬戦を繰り返し互いの技量を相互に高める訓練を始めたが、一週間の間することのなかったセヴラン側の新兵は高揚状態で訓練に望んだのに対し、基礎訓練を繰り返していた新兵は早くも疲れきっていた。

 それでも訓練は継続したが、これが問題だった。セヴラン側の新兵と基礎訓練をしていた兵の模擬戦が行われ、当初はセヴラン側が勝つ程度に予想されていたが、いざ行われるとセヴラン側の兵達は基礎訓練側の新兵を実践の要領で完膚なきまでに叩きのめした。

 セヴラン側の兵達の実力の高さをファームドが正しく評価してくれたまでは問題なかったが、これにより基礎訓練側の新兵は心が折れかけていた。これをきっかけに心が折れかけた新兵は訓練を受ける意識が弱くなり、故郷の村に帰りたいと言う者まで現れ始めた。セヴランやシンなど、各小隊長が説得をしたお陰で誰も離脱者こそいないものの、現在の訓練はあまり実戦に役立つものではなくなっていた。

 全体の指揮官としてセヴランはここ一週間ほど、このことで頭を抱える毎日を送っていた。カーリーはある程度察していたのか、セヴランの背を軽く叩き


「大変だねぇ、頑張ってくれ若者よ」


 笑顔で仕事を任せてくるカーリーの姿に、セヴランは苦笑し


「私もまだ新兵なのに、無茶言ってくれますねぇ」


 セヴランは特に深く考えず返答したが、セヴランの一言でカーリーからは笑顔が消え


「すまないな、我々大人が不甲斐ないばかりに、君達のような若者を戦わせてしまって……悪いと思っている……」


「カーリー隊長……」


 セヴランはカーリーの気持ちは分からなかった、しかし自分の気持ちは伝えるべきと判断し


「隊長、私は家族を殺されて、奪われて、力がない自分を憎みました。そして力がない人間を、自分達のような者を生み出さないためにも、守るって決めたんです。たぶん、ここにいる奴らも皆そうだと思います。何かを守りたいと、そう思ったからここに来たんです。だから、カーリー隊長は謝らないでください、私達はもう人を守る立場の人間なんですから」


 新兵達の声と金属音が響く中、セヴランの言葉にカーリーは言葉を発さない。カーリーは空を眺め、セヴランは新兵達の様子を眺める。

 暫くの沈黙の後、空を見上げたままカーリーは口を開き


「そうだな、私達は軍人だ。この祖国と民を守る軍人だ。だからもう、立ち止まることは許されない、この命の限り戦うしかないのだな……」


 セヴランの中にこのカーリーの言葉が色濃く焼き付く。何故かこの言葉を忘れることがセヴランには出来なかった。

 カーリーは視線を下ろし、セヴランを見据えると


「だがセヴラン、これだけは忘れないでほしい。私達は民を守る軍人だ、すべてを守ることは出来ない。自分が何を守りたいのか、その為にどうすべきかを見失わないでほしい」


 セヴランはカーリーの言葉に何も答えることが出来ない。動けないセヴランを背にし、カーリーは歩きだし


「邪魔をして悪かったな、君とは良い仲になれそうな気がしたものでな、色々と話しておきたかったんだ。部隊の指揮は任せたぞ」


 歩き去るカーリーの後ろ姿をセヴランは直視し続ける。姿が見えなくなってからもセヴランは視線を変えれない。

 セヴランはカーリーの言葉の意味を考え続ける、しかしそれを理解することが出来ず、ただひたすら悩み続けた。

 ただ一つだけ理解出来たのは、カーリーの言葉はセヴラン自身の何かを変えたという事だった。しかし、それが何かはこの時はまだ気付くことが出来ずにいた…………




 セヴランとカーリーの僅かな会話のあったこの日の夜、基地指揮場内ではカーリーを含め主要な将官が集められていた。誰も言葉を発することなく、重い空気が流れる。何かを待つかのような静寂な部屋に、大きな音をたて扉を乱暴に開け息を上げた一人の兵が入って来る。


「伝令!斥候より、我レギブスの大軍の進行を確認せりとの知らせです!」


 部屋の誰も驚いた様子もなく、時が来たと言わんばかりに将官達は暗い顔を俯ける。部屋で一人椅子に座るカーリーは閉じていた目を開け


「規模はどの程度か分かるか」


 部屋の将官達が息を呑む。伝令の兵の言葉を待つ額には汗が流れ、極限の緊張状態に陥る。それでも、伝令の兵の言葉を待ち…………永遠にも感じられる瞬間に終わりを告げる伝令の口が開かれる。


「その規模……およそ十五万…………」


 将官達は絶句する。誰も動くことも、話すことも叶わない。ただ、現実を理解し絶望に呑まれかけていた。

 カーリーは伝令の言葉を聞くと再び目を閉じ、そして将官達に命令を下した。




 この夜、基地内に情報は広げられ遂に戦闘態勢に移行する。そして、兵達のほぼすべてが絶望に駆られた。




 レギブス軍、フィオリス侵略軍 戦力総数十五万


 フィオリスレギブス方面軍   戦力総数一万六千


 フィオリス軍は国内戦力四万のうち、約半数近くを投入した防衛であったことをここに記載する。


 

 

どうも、作者の蒼月です。

いや~、いい感じに絶望が始めれましたね。ここからは絶望感、その中の見いだす希望、そして信念を貫く者達の戦いを描いていくつもりです。

第一部の山場なので今後も頑張って書きます。

では、次も読んでいただけると幸いです。

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